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葛飾ろう学校がOntennaで取り組む音を体感するプログラミング教育

葛飾ろう学校がOntennaで取り組む音を体感するプログラミング教育

2021年03月19日更新

音を体感するOntennaによる学び

‐Wel Tech‐ 東京都立葛飾ろう学校

聞こえない音を“感じる”デバイス「Ontenna」の活用が、ろう学校を中心に聴覚障害者の間で広がり始めている。ITをWelfare(福祉)に掛け合わせることでどんな価値が生まれるのだろうか。その活用を見ていこう。

音のタイミングを振動で知る

 東京都立葛飾ろう学校は、幼稚部、小学部、中学部、高等部普通科・高等部専攻科が設置された聴覚に障害のある子供たちが学ぶ学校だ。口話や手話、ICT機器などの多様なコミュニケーション手段を用いて、子供たち1人ひとりの障害特性や発達課題に応じた教育に取り組んでいる。

 そんな葛飾ろう学校で利用しているICT機器の一つが、富士通が提供しているOntennaだ。同校の教務主任 杉岡伸作氏は「本校ではOntenna本体を8個、コントローラー2個※の環境で活用しています」と語る。

 特にOntennaが有効に利用されているのは、音楽の授業だ。音楽では「合奏」という取り組みがある。Ontennaはコントローラーと通信して音を感じる(振動する)「スマートモード」があり、教員がコントローラーをたたくなどすると、子供たちが身に着けているOntennaが振動する。この振動によって、子供たちはタイミングを知ることができ、従来は難しかった音合わせが可能になった。

 そんなOntennaに、新しくプログラミング機能が実装された。ビジュアルプログラミングツール「Scratch」を使い、ユーザーが感じたい音の大きさや高さに対して、Ontennaの振動や光の色をカスタマイズできるようになったのだ。このプログラミング機能を活用し、葛飾ろう学校では富士通とともに指導教材を開発した。

※内、本体8個とコントローラー1個は富士通提供。

“困った”から始めるプログラミング

「Ontennaはプロトタイプの段階から開発者の本多さんに見せてもらっていましたが、魅力的な製品であり非常に興味があった半面、利用者自身がカスタマイズできない点に物足りなさを感じていたんです。だから今回、本多さんからOntennaにプログラミング機能を搭載すると聞いたときに食いつきました」と情報科の授業を受け持つ杉岡氏は笑う。指導教材は、葛飾ろう学校の小学部4年生の総合的な学習の時間で実践したプログラミング教育の指導を基準に作成。実際の授業では『生活を豊かにするためにICTを上手に活用しよう』という探求課題(単元名)を設定し、身近な問題解決のためのデバイスとしてOntennaをプログラミングした。

 杉岡氏は当時を振り返りながら「聴覚障害を持つ子供たちは、自分たちの周りの音に対して非常に興味を持っています。そのため身の回りの課題解決のためにプログラミングをする際に、“こういう音に気付きたい”という実際に困っていることから、主体的にプログラミングができていました。大人たちが想定していた以上に子供たちは意図した通りにOntennaを動かせており、非常に驚かされましたね」と話す。今後は今回の指導案を来年度の小学部で使い、プログラミング教育を実施しながら、高等部の情報科の授業でもプログラミング教材として使えるか検討していきたいという。

1. 葛飾ろう学校のOntenna を活用したプログラミング教育の様子。最初は「身の回りにあるICT」という技術の理解からスタートし、Scratch の使い方の習得やOntenna を赤色や青色などに光らせて動かしたり、繰り返しや分岐の概念を学びながらプログラミングを実践。子供たちはそれぞれのOntenna を動作させて笑顔を見せる。
2. Ontenna へのプログラミングの仕方を学んだら、次は「自分の課題を解決するためのプログラムを考える」ワークシートに取りかかる。「遠くから声をかけられたときに震え(て知らせてくれ)るOntenna」など、自分の困りごとを解決するためにはどういったプログラムを作成したらいいかを考える。3. ワークシートの内容をもとに、cratch でプログラミング。4. Ontenna のプログラミング学習を授業で実践した杉岡伸作教諭。「オリジナルOntenna をプログラミングで作成できたことは、子供たちにとって大きな自信になったようです」と振り返る。

光と振動が導くダイバーシティへの未来

‐Wel Tech‐ 富士通

Ontenna

MITテクノロジーレビュー(日本版)主催のアワード「Innovators Under 35 Japan 2020」において、35歳未満のイノベーターの一人として選ばれたのが、Ontenna開発者の本多達也氏だ。誰もが音を“感じられる”Ontenna開発のきっかけと、その思いを聞いた。

デザイン×技術の力で音を伝える

 ――音を体で感じるユーザーインターフェース。

 富士通 グローバルサービスビジネスグループ ビジネスマネジメント本部 戦略企画統括部 事業企画部 Ontennaプロジェクトリーダーの本多達也氏は、自身が開発したOntennaをそう表現する。

 Ontennaは、内蔵したセンサー(マイク)で検知した音の特徴を振動と光によって体で感じることができるデバイスだ。内蔵マイクが30~90dBの音圧をリアルタイムに256段階の振動と光の強さに変換して、本体に内蔵されたバイブレーターとLEDによって音のリズムやパターン、大きさを装着者に伝える。これによって、聴覚障害を持つ人でも振動によって音が知覚できるというデバイスだ。

 本多氏がこのOntennaの研究開発をスタートさせたのは、学生時代の2012年。2014年にはITを活用して世の中を変えていく天才的なクリエイターを発掘し育てるための事業「未踏IT人材発掘・育成事業」(通称:未踏プロジェクト)に採択されるなど、製品化以前から大きな注目を集めていた。

「大学生のとき、聴覚障害を持つ人と出会ったことをきっかけに手話の勉強を始めました。聴覚障害支援の活動を進めていく中で、こうした耳が聞こえない方々に対して、デザインテクノロジーの力で音を伝えたい。と考えたのがOntenna開発の発端です」と本多氏は振り返る。

 その後、2016年に富士通に入社。同社のプロダクトデザイナーやエンジニアなどのプロジェクトチームとともに、Ontennaの製品化を進め、2019年7月から販売をスタートした。また販売開始に先行して6月11日から一部のろう学校にOntennaの体験版の無償提供を行い、現在では全国聾学校長会に所属するろう学校のうち約8割以上の学校に、1校当たり約10台のOntennaと1台のコントローラーが配布されている。配布したろう学校が実際に体感して良さを分かったことによる追加購入もあったという。

音の“楽しさ”を生活にプラス

 実際にろう学校でOntennaを使ってもらうと、自分の声にOntennaが反応してくれる楽しさから、あまり発声をしない生徒たちが積極的に声を出すようになったり、教員が文章を読む音でOntennaが振動することで、これまで体感できなかった文章のリズムや間などが分かるようになるなど“音を楽しむ”ようになったという。

 そうしたろう学校に対するITの取り組みの一つとして、2020年12月にはOntennaのプログラミング教育環境※の無償公開をスタートした。Ontennaに対して、新たにビジュアルプログラミングツール「Scratch」を使ったプログラミング機能を提供。また、葛飾ろう学校と作成した指導教材も用意した。ユーザーが感じたい音の大きさや高さに対して、振動の強さや光の色をプログラムすることで「大きな音が鳴ったときに3回振動するOntenna」や「小さな音をキャッチすると赤く光るOntenna」といったカスタマイズが可能になった。

「Ontennaは二つのモードがあります。一つ目はシンプルモードといって、Ontenna本体のマイクが音を拾って、音を体感するモード。二つ目はスマートモードといって、複数のOntennaに音を伝えるコントローラーと通信して音を体感するモードです。プログラミング機能を有したOntennaはこのスマートモードで動作させ、本体のプッシュボタンを2秒長押しするとプログラミングできます」と本多氏。Scratchで作成したプログラムは、PCに接続した充電スタンドを経由してOntennaにインストールできる。将来的には機械学習を用いてチャイムの音や赤ちゃんの泣き声など、特定の音に反応するプログラミング機能の開発も目指している。

※Ontennaプログラミング教育環境は、「計算機によって多様性を実現する社会に向けた超AI基盤に基づく空間視聴触覚技術の社会実装(研究代表:「xDiversity」落合陽一)」の支援を受けて開発された。

健聴者と聴覚障害者をつなぐOntenna

 このOntennaのプログラミング教育環境を、まずはろう学校でのプログラミング教育に展開させていくほか、普通学校向けにも広く普及させていく方針だ。「小学校では2020年度からプログラミング教育がスタートしましたが、Ontennaはそのプログラミングを学ぶ教材となると同時に、“障害とはなにか”を学べるツールになり得ます。多様性を理解し、相互に尊重する意識を養うダイバーシティ教育にもつなげられるでしょう」(本多氏)

 Ontennaはその特性から、健聴者が使うことにメリットがないようにも見えるかもしれないが、決してそうではない。Ontennaはイベントなどにも導入されており、タップダンサーによるパフォーマンス会場では健聴者も聴覚障害者もOntennaを装着し、光や振動による一体感を楽しんだのだ。

 本多氏は「耳が聞こえる人も、振動を体で感じることで臨場感が増すという効果が得られます。Ontennaは聴覚障害者をサポートするだけでなく、その場にいる人たちが一緒に笑顔になる、楽しめる体験を作れるインターフェースなのです」と語る。Ontennaが健聴者と聴覚障害者がともに楽しむ架け橋になるべく、まずは学校現場から普及活動を進めていく本多氏。社会課題をデザインやテクノロジーで解決していくその挑戦は、今後も続いていく。

Ontennaは付属のクリップで、髪の毛や服の襟、耳たぶなどに装着できる。腕など肌に身に着けると不快感があるといった聴覚障害者の声に応えた装着スタイルだ。
ヘアクリップのような見た目のシンプルながらかわいらしいデザイン。LEDライトと振動で音を伝える。側面の電源スイッチでモード切り替えが可能だ。
スマートモードに切り替えて使用するコントローラー。プッシュボタンを押したり、マイクを接続して音を伝えることで、複数のOntennaを同時に動作させる。
充電スタンドはOntennaとセットで提供される。Ontennaとコントローラーの充電に対応するほか、PCと接続してプログラムをインストールする場合にも必要だ。

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