世界初の照明一体型プロジェクターがヒット
次の成功を目指して再び起業

〜『スマートバスマット』(issin)〜 前編

程 涛(Cheng Tao)氏は東京大学大学院に在学中の2008年にpopInを設立し、世界初の照明一体型プロジェクター「popIn Aladdin」をヒットさせた。しかしその事業を他社に譲渡して新たにissinを設立し、現在はスマートフォンと連動して体重の変化を記録して通知する体重計、スマートバスマットで次の成功を目指している。なぜ生まれ育った中国から日本に渡って日本の大学で学び、起業したのか。ヒット商品を生み出したにもかかわらず、なぜまた新たなビジネスに挑戦するのか。たゆまぬチャレンジ精神の源泉について程氏に話を伺った。今回の前編では程氏が起業するまでの経緯を紹介する。

故郷の中国で大学受験を失敗
日本語を話せず来日して受験

issin
代表取締役
程 涛(Cheng Tao) 氏

角氏(以下、敬称略)●故郷の中国ではなく日本の大学で学び、日本で起業した経緯を聞かせてください。

程氏(以下、敬称略)●私は1982年に中国河南省で生まれ18歳まで住んでいました。当時、地元の高校に通って大学を受験したのですが、残念ながら受験に失敗してしまい希望の大学に入学できませんでした。

 中国の大学入試は「高考」と呼ばれる統一試験(普通高等学校招生全国統一考試)のみで希望する大学への入学の可否が決まります。日本の大学は基本的に入試試験の得点順で入学の可否が決まりますよね。しかし中国では大学に入学できる高校生の人数が省ごとに決められています。

 河南省は決して都会ではないのですが人口が1億人もいて、大学が少ないので河南省でトップ30くらいの学力がなければ大学に入れません。例えば北京の高校生が400点で入れる大学に河南省の高校生が入るには600点くらい取らなければなりません。

 私が通っていた高校は河南省で有数の進学校でしたので学生はみんな優秀です。しかし北京や上海などのトップの大学に入るには、受験生の人数に対して枠が少ないので非常に厳しいのです。

 翌年に再挑戦する選択肢もありましたが、親類から日本への留学の話を聞き、情報収集しました。すると日本では誰もが平等に希望する大学を受験でき、出身地に関係なく試験の得点で公平に入学できる教育制度があることを知り、日本への留学に関心を持ちました。両親にも相談し、米国やイギリスよりも日本は文化的に中国に近いと勧められ、日本に留学することにしました。

●来日した当時は日本語を話せたのですか。

●全く話せませんでしたので、まずは大阪の日本語学校に通って日本語を勉強しました。日本語学校に2年間通っていよいよ日本の大学を受験することになり、私は大阪大学への入学を希望しました。ところがバイト先にいた大阪大学の学生に、大学でコンピューターの勉強をしたいと相談すると、日本では東京工業大学(以下、東工大)が優れていると教えてもらいました。

 当時、私は東工大を知らなかったのですが、たまたま見ていたテレビ番組で鳥人間コンテストの様子が放送されていて、東工大の学生が優勝したのです。これは優れた大学に違いないと考えて受験し、無事入学できました。

程氏がpopInで開発・販売した世界初の照明一体型プロジェクター「popIn Aladdin」(写真はAladdin X2 Plus)。
程氏が新たに設立したissinが開発・販売する
「スマートバスマット」。

東工大の大学院進学に失敗
東大大学院で最初の会社を設立

●東工大在学中はコンピューターの勉強だけではなく、IT関連のベンチャー企業9社でアルバイトもしました。そのうち現在も事業を継続しているのは1社だけで、8社は解散してしまいました。そこから失敗する会社の共通点が見えてきました。結論から言うとリソースを無駄遣いすると失敗するということです。

 例えば求人サイトに格安で求人広告を出せると提案されると、人手を増やす必要もないのに求人広告を出してしまうとか。判断の仕方がおかしいですよね。

 また全社で10名、15名という規模なのに、いくつもの部署に分かれていたり、管理職が何人もいたり、フットワークの良さや意思決定の速さといったベンチャー企業の強みが生かせていない組織運営も多かったです。それから優れたサービスを持っているにもかかわらず、金銭のトラブルを起こして投資を得られず、資金が不足して解散した会社もありました。

 私がアルバイトをした9社の中で唯一成功した会社の社長は、後に私が起業する際のパートナーとなり、事業の成長に貢献してくれました。そして現在もいろいろな場面で協働しています。ですから日本の大学で経験したことが現在のビジネスにつながり、とても役に立っています。

●程さんが最初に起業したのは東京大学(以下、東大)の大学院に在学中と伺っていますが、なぜ東工大から東大の大学院へ進学したのですか。

●東工大の学部卒業後、そのまま大学院への進学を希望していました。ところが合格率95%の試験に落ちてしまいました。留年して再度チャレンジしようと考えていましたが、同時に受験していた東大の大学院の入試結果が発表され、合格できました。それで東大の大学院に進学することにしたのです。

●東工大の大学院は残念でしたが、東大の大学院に合格するとは、程さんには失敗しても挽回できる力がありますね。そしていよいよ起業のチャンスが訪れたのですね。

●はい、東大大学院に在学中の2008年にpopInを設立しました。私が専攻していたのは当時開設されたばかりの情報工学科の創造情報学専攻で、今の技術をどのような領域や用途に応用できるかというテーマに魅了されました。またこの専攻に入ると自分のアイデアを申請して認められると1年間はメンターがついてアイデアを具現化し、翌年にシリコンバレーに行って発表することができるプログラムがありました。

 このプログラムに応募するために私が考えたアイデアが、後にpopInの事業につながるアプリケーションでした。当時米国で発売されたばかりのiPhoneやiPod touchのブラウザーで、表示されているページ内の文字列をコピーして翻訳したり検索したりできるアプリケーションです。現在では当たり前の機能ですが、当時は文字列のコピーもできなかったのです。

 iPhoneの画面サイズが小さいためポップアップで表示するのではなく、ページ内に表示するようにしました。これに由来して社名を「popIn」(ポップイン)にしました。このアプリケーションが認められてシリコンバレーに行くことができました。

 現地でマイクロソフトやサン・マイクロシステムズ、カリフォルニア大学(UCLA)バークレー校、スタンフォード大学の4カ所でプレゼンテーションした結果、同時に発表された十数個のプロジェクトの中で最も高い評価をいただき、大きな自信につながりました。

 そして起業できるかもしれないと考え、帰国してその方法を調べたところ東大の中に「UTEC」という投資会社と「東京大学TLO」という特許の管理会社がありました。指導教員に相談するとTLOとUTECの社長を紹介してくださり、私のアイデアを東大に特許として譲渡して東大が権利を持ち、産学連携の仕組みを使ってから投資を受けるために会社を作ったほうがいいという具体的なアドバイスをいただきました。

 アドバイスに従ってすぐに行動を始めたのですが、当時、私が取得していたのは留学ビザだったので社長にはなれず、会社設立当初は別の人に社長をお願いしました。会社を設立して約4,000万円の投資を受けることができました。当時、私が作成したプログラムは50行くらいでしたので、1行が80万円という価値になりました。



次回予告
次回の後編では程氏が設立したソフトウェアの会社で収益を得られた広告ビジネスや、新たな挑戦となるハードウェアビジネスへの進出、ヒットさせた世界初の照明一体型プロジェクター「popIn Aladdin」の事業を譲渡して再び起業し、スマートバスマットのビジネスに取り組んだ経緯について話を伺う。