学校図書館に配置が義務付けられている司書教諭。司書教諭の役割は子供たちの読書を支援するだけではなく、児童生徒の主体的・能動的な学習の支援も求められており、探究的な学びが推進されている教育現場にとって非常に重要な存在だ。日本事務器と京都産業大学の文化学部 国際文化学科 教授 大平睦美氏は、この学校図書館が抱える司書教諭不足の課題に対して、テクノロジーの活用で解決を図る。

学校図書館の二つの役割

 学校図書館には二つの役割がある。一つ目が「読書センター」。児童生徒の創造力を育むと同時に、学習に対する興味関心を呼び起こしたり、豊かな心を育んだりするため、自由な読書活用や読書指導を行う場だ。二つ目に「学習・情報センター」だ。児童生徒の自発的・主体的な学習活動を支援すると共に、情報の収集・選択・活用能力を育成し、教育課程の展開に寄与する場としての機能が求められている。

 しかし、現段階では学校図書館の役割が、読書センターにとどまっていると指摘するのは京都産業大学 文化学部 国際文化学科 教授 大平睦美氏。大平氏は「学校図書館における教科学習のための教員支援に関する研究」(2019年4月〜2023年3月)や「図書館資料活用データの学校間共有:教材選択の最適化支援と情報格差の是正」(2024年4月〜2028年3月)などの研究に取り組んでいる。

 大平氏は「学校図書館法が制定されたのは1953年のことです。その前後に学習指導要領と検定教科書が整備されました。しかし1998年の学習指導要領の改訂に至るまで、学校教育は学習指導要領と教科書を中心としていたことから、学校図書館は学習の場ではなく、読書活動支援の場として活用されることが主でした」と振り返る。

 その状況が変化したのは、1998年の学習指導要領の改訂だ。本改訂では総則に学校図書館を計画的に利用することが明記された。同時に「総合的な学習の時間」が新設された。また2003年には1998年の学習指導要領を一部改正し、学習指導要領は基準としつつ、より発展的な学びや個別最適な学びが求められるようになった。

 1953年に制定された学校図書館法も1997年に改正されている。本改正では学校図書館を児童生徒の読書活動を支援する読書センターの役割を持つと同時に、児童生徒の主体的な学習活動に寄与するための学習・情報センターとして機能させることが明示された。それに伴い、2003年4月1日から、12学級以上の全ての学校に司書教諭の配置が義務化されている(11学級以下の学校は猶予)。しかし現在でも、学校図書館を学習・情報センターとして活用する動きは不十分だ。

京都産業大学
大平睦美
日本事務器
池下綾乃
日本事務器
渡辺哲成

書評アプリでフィードバックを得る

大平教授の研究で活用されたBOOK MARRY。使用した書籍、学年、教科、使用した感想などを簡単に入力してレビューできる。投稿されたレビューは他の教員が参照し、授業に活用することも可能だ。

 それでは、司書教諭はどのような形で、学習活動を支援しているのだろうか。その活動は多岐にわたるが、ここでは授業への参画を例に見ていこう。司書教諭は、教員から授業に関連する資料の要望を受けて選書・貸出を行う。しかし、教員が常に能動的に要望を伝えてくるとは限らないのが現状だ。そのため、司書教諭からのヒアリングや、教員からのメモを頼りに対応するケースもあり、教員と司書教諭のコミュニケーションを支援する仕組みが必要だ。

 もう一つの課題として、そもそも司書教諭が不足しているという状況もある。司書教諭は教員免許状を取得した上で、司書教諭課程を履修する必要がある。公共図書館で働く「司書」の資格とはまた違う資格が必要なのだ。しかし、司書教諭の資格を持った人材が少ないため、現在の学校図書館では図書館法に基づく司書資格を有する人材が「学校司書」として学校図書館の職務に従事していたり、資格を持たない人が管理をしていたりする。学校図書館は学校教育や発達段階に合わせた選書のスキルも求められるため、公共図書館の司書資格を持つ人でも職務に戸惑うケースもあるという。

 このように、利用者からの「調べ物」や「探し物」の相談に応じて、適切な資料や情報を見つけるサポートを行う司書の業務を「レファレンス」と呼ぶ。大平氏と日本事務器は、小中学校の図書館向けに、遠隔レファレンスの共同研究に関する契約を2025年7月に締結し、AIを活用した「AI学校司書」を実現することで、児童生徒の探究学習と、教員の授業改善を行う。本研究は2025~2027年度までを予定している。

 このAI学校司書が目指すのは、学校司書が不在の状況でも、児童生徒や教員の問いに対して適切な資料を用意できる仕組みの構築だ。「当初は、教科学習における教員支援がうまくいかない原因をコミュニケーション不足と考えていました。しかし、研究を進める中で、学校図書館の司書教諭や学校司書と教員の間にフィードバックがないことが最大の問題だと気が付きました。例えば、教員から『授業で必要なので、図鑑を貸してほしい』という要望があった場合、司書教諭や学校司書は子供たちが視覚的に理解しやすいよう、写真が多い図鑑を選ぶことがあります。しかし実際には、国語の授業で説明文が充実した図鑑が必要であり、写真が多い図鑑では授業での活用が不十分でした。こうした齟齬が生じても、その情報が司書教諭や学校司書にフィードバックされないという点が問題です。この課題を解決するため、書評レビュー用アプリで、教科学習における図書資料の活用状況を可視化しようと考えました」(大平氏)

 そこで活用されたのが、日本事務器が提供する「BOOK MARRY」だ。BOOK MAR RYはもともと大学生が学内で、文献情報の蓄積や共有が行えるレビューアプリだ。日本事務器 事業戦略本部 図書館・文教ソリューション担当 チーフマーケッター 渡辺哲成氏は「大学生向けに開発したアプリですので、大平教授から小中学校の学校図書館での研究に使いたいという要望を受けた際は、うまくいくのか見当もつきませんでした。しかし活用を通じたフィードバックによって教員の皆さまが使う機能もだいぶ進化してきました」と振り返る。

 大平氏の実証研究において、BOOK MARRYはどのように活用されているのだろうか。日本事務器 事業戦略本部 図書館・文教ソリューション担当 マーケッター 池下綾乃氏は「BOOK MARRY上では、教員が授業で利用した本について、使用学年や教科などの情報を簡単に登録できます。蓄積された記録は、ワード検索や学年、教科などの絞り込み検索が可能で、他の教員が授業に必要な本選びのツールとしても活用できます」と語る。

教育の機会均等にも寄与

 BOOK MARRYを活用した情報共有を、さらに発展させたのがAI学校司書開発に向けた取り組みだ。AI学校司書の構築に当たっては、すでに先行してBOOK MARRYを活用した実証研究を行っている千葉県千葉市と和歌山県日高川町で蓄積されたレビューデータを学習させている。それに加えて、学習指導要領や教科書、各教員が作成した教材、出版・流通している書籍、著作権処理済の画像などの多様なデータをAIに学習させることで、より実践的で深度のある資料提供を実現させていくことを狙いとしている。現在は著作権に配慮した形で教科書のデータを学習させている段階だという。

 AI学校司書を活用すれば、探究的な学びにおける資料探しの時間を削減し、学びに適した資料を提案できる。これにより、子供が調べた内容を自分で考え直し、新しい形に再構築する時間を確保できるのだ。

 またAI学校司書の存在は、司書教諭をはじめとした学校司書が配備されていない地域の学校に対して、教育の機会均等を提供できる。AIを使ったデータを利用した遠隔レファレンスを実現することで、司書教諭の配置がなく学校図書館を授業で十分に活用できないという問題が解消できるからだ。AI学校司書の力を借りることで、学校司書の負担を軽減しつつ、より質の高い学校図書館運営も可能になるだろう。