PCの価値はユーザーとの2フィートの距離
そこから生まれるビジネスの可能性を探る

~NECパーソナルコンピュータ 前編~

インターネットが普及し、ビジネスに不可欠となったPCだが、一時期はスマートフォンに取って代わられると言われ、デジタルデバイスの主役の座が揺らいだこともあった。しかしコロナ禍以降、オンラインコミュニケーションの必須アイテムとなるなどPCの価値が改めて見直されている。そのPCを長年にわたって生み出し続けてきた商品企画のマイスターであるNECパーソナルコンピュータ株式会社の森部浩至氏に、PCの未来やPCが生み出す新しいビジネスの可能性について話を伺った。そして森部氏と角氏が実際に生み出した新しい商品も紹介する。

液晶ビューカムの衝撃から
商品企画への憧れを抱いた

株式会社フィラメント
代表取締役CEO
角 勝 氏

角氏(以下、敬称略)●森部さんはNECおよびNECパーソナルコンピュータで長くPCの商品企画に携わってこられました。新しい商品を生み出すシナリオを作るのは大変な仕事でもあり、とても楽しそうな仕事だと思います。森部さんは商品企画という仕事をどのように捉えていますか。

森部氏(以下、敬称略)●私はNECに入社して現在のNECパーソナルコンピュータに至る20年以上の間、ずっとPCの商品企画をやり続けています。子どものころからかっこいい商品を自分で作りたいという夢といいますか、商品企画に強く惹かれていました。そのきっかけとなったのが1992年にシャープが発売した「液晶ビューカム」です。

 液晶ビューカムは現在のカメラでは一般的となった、液晶モニターに映し出された映像を見ながら撮影できるという当時としては画期的な機能を搭載していました。本体のデザインが独創的で、子どもながら魅力的に映りました。そして「いつかこんなかっこいい商品を自分で作りたい」と思うようになったのです。

 それから時がたち大学、大学院へ進学し、情報系を専攻しました。就職の時期になり業種はシステムエンジニアというのが当時は既定路線でした。当初は私もその方向に進もうと考えていましたが、ふとしたときに液晶ビューカムを思い出しました。やっぱりかっこいい商品を作りたいと考えて、NECに応募したのです。

 当時タイミングよく、NECでは自由応募という部署と業務が特定された採用募集が行われており、それが商品企画だったのです。今では学生と部署や業務のマッチングは一般的ですが、当時は非常に珍しく運が良かったと思っています。

 そしてNECに入社してから今まで、PCの商品企画に携わることができています。これまでPCを山ほど企画して、山ほど作ってきました。そうした中で実感しているのが「PCは未完成のプロダクト」であるということです。いまだに完成形が見えていないのです。完成形を追い求める楽しさや期待がある一方で、完成形を作り出せない苦悩もあります。

 商品企画の仕事は世の中にあるニーズに対してどのような価値を商品に組み込むのかを考えること、我々の使命として新しい顧客の体験価値をいかに生み出すか、この二つだと考えています。

オンラインコミュニケーションに必須の
カメラとマイクとスピーカーにいまだ不満

NECパーソナルコンピュータ株式会社
商品企画本部
本部長代理
森部浩至 氏

●PCはユーザーを取り巻く環境の変化や、ユーザーのPCに対する要望や期待の変化などによって役割を変えながら進化してきたという点で、未完成なプロダクトだと納得できます。森部さんは、PCはこれからどのような進化をすると見ていますか。

森部●昨今のコロナ禍によってPCがオンラインコミュニケーションの必須アイテムとなりました。つまりオンラインコミュニケーションにおいてPCの価値が見直されたということです。

 オンラインコミュニケーションにはWebカメラやスピーカー、マイクが必要ですが、現在の多くのノートPCに搭載されているそれらのデバイスのスペックは非常に低いのです。なぜならオンラインコミュニケーションはPCの新しい用途であり、これまではPCに内蔵されるWebカメラやスピーカー、マイクは使われてこなかったため、技術の進化が止まっていたのです。

 これからの数年間はオンラインコミュニケーションに向けた技術の進化や機能の強化が図られることでしょう。

●PCの進化に向けて森部さんが個人的に取り組まれているテーマはありますか。

PC の進化における森部氏が取り組むテーマの一つがキーボードの革新。丸いキーのキーボードを搭載したモバイルPC の試作機を製作した。その使い心地はいかに・・・本文を参照してください。

森部●例えばノートPCのキーボードは現在のタイル型になってからずっと変わっていません。人とPCのインターフェースであるキーボードやタッチパッドを、より使いやすくしたいと考えています。

 あるプロジェクトで丸いキーのキーボードを搭載したモバイルPCの試作機を作りました。四角いキーの場合は触れる位置によって打感が変わりますが、丸いキーならばどこに触れても打感が変わらず、手が小さな女性や子どもにも使いやすいと考えたからです。

 しかし実際に試作機を操作してみると、丸いキーは使いづらかったのです。やはり実際に作って触って検証してみないと分からないのが商品企画と商品開発の難しいところで、試行錯誤を繰り返しています。

不変の2フィートの距離が生み出す価値
角氏がひらめいた「Wing Binder」とは何か

●コロナ禍によってPCの用途が変わったように、これからもPCの使い方は変わり続けるのでしょうね。

森部●PCの進化の可能性を探る中で、着目しなければならないのが「2フィートの距離」です。人とPCのキーボードやモニターとの距離はずっと2フィートで変わっていません。例えばWeb会議をスマートフォンではなくPCで行うユーザーが多いこと、さまざまな文書やプレゼンの資料の作成もキーボードを備えたPCが使われることなど、いずれも2フィートの距離が生み出す価値なのです。特に映像やグラフィックデザインの制作など、クリエイティブな作業ではPCが必須となっていますが、これも2フィートの距離が求められている証左でしょう。

 NECは1977年に当時の会長である小林氏が「C&C宣言」を発表しました。C&Cとは「コンピュータ技術とコミュニケーション技術の融合」を意味しています。これからのC&Cは「クリエイティビティとコミュニケーション」、これが2フィートの距離が生み出すPCの当面の進化の方向だとみています。

●2フィートの距離において、PCをもっと便利にすることができますね。ハイブリッドワークが一般的となった現在はPC、特にノートPCを使う場所がさまざまで、どこで使っていても生産性や効率性が求められます。

 私自身もハイブリッドワーカーですから、いつでもどこでも生産性を落とさず、むしろ高い効率で仕事をしたいと考えています。そこでひらめいたのが「Wing Binder」の原型でした。(つづく)

次回の後編では2 フィートの距離での生産性を向上させる新商品「Wing Binder」を紹介します。
※写真の一部を加工しています。

─次回予告─
後編はハイブリッドワーカーを実践する角氏が2フィートの距離で発想したPCの使い方の進化の提案と、それを具現化する森部氏との協創によって生まれた「Wing Binder」を紹介する。果たしてWing Binderとは何か。次回をお楽しみに。