グローバル・エレクトロニクス・アソシエーションが語る
国際標準化が拓くエレクトロニクスの未来
    1957年に設立したIPCは、エレクトロニクス産業における供給や設計、調達などのバリューチェーン全体で標準化を行う、国際標準化団体だ。そのIPCは2025年6月23日、団体名を「グローバル・エレクトロニクス・アソシエーション」(Global Electronics Association, electronics.org)に改称した。エレクトロニクス産業がAIや自動運転などにより本質的に変化したことが、今回の改称の背景にある。グローバル・エレクトロニクス・アソシエーションとなって初となるプレスセミナーが2025年9月29日に開催された。日本のエレクトロニクス産業の重要性が語られた本セミナーの様子を紹介していこう。
エレクトロニクス産業の課題と
それに伴う変革のチャンス
     グローバル・エレクトロニクス・アソシエーションは基本方針として「イノベーション」と「レジリエンス」の推進を掲げている。プレスセミナーで登壇したグローバル・エレクトロニクス・アソシエーション 社長兼CEOのジョン・W・ミッチェル氏は「イノベーションは信頼を生み、レジリエンスは進歩を持続させます。この二つがAIや医療、エネルギー、交通といったあらゆる産業の未来を作りますが、これらの多くはエレクトロニクスによって革新がもたらされています」と述べる。
 それを裏付ける数値がある。ミッチェル氏が示したデータによると、世界のエレクトロニクス産業は6兆ドル規模の市場であり、世界貿易総額の5分の1以上がエレクトロニクス産業に関連しているという。「どの国も単独で全ての電子部品を製造することはできません。そのためエレクトロニクスは最も世界規模に広がり、密接に結びついている産業です。貿易総額は4.5兆ドルに達し、その内部品だけで2.5兆ドルを占めています」とミッチェル氏は指摘する。
 一方、グローバルで連携した産業だからこそ、さまざまな課題も生じている。その課題としてミッチェル氏は「関税と地政学」「人材と採用」「サステナビリティ」の三つをあげた。
 ミッチェル氏は「60%の企業が、貿易政策の変化による原材料の高騰に直面しています。また人材獲得競争にともなって、57%の企業で人件費も上昇しています。サステナビリティの観点からは、毎年、鉄、銅、金など約570億ドル相当の資源が電子廃棄物として失われています。しかし、これらの課題は変革のチャンスでもあります」と指摘する。
 ミッチェル氏はエレクトロニクス産業の変革を実現するための力として「テクノロジーイノベーション」「グリーンとサステナビリティ」「サプライチェーン・レジリエンス」の三つをあげた。
 「これらは単なるトレンドではなく、未来を形作る力です。しかし、これらに対応していくためには共通の基準に基づいた協力が不可欠です。そのために、グローバル・エレクトロニクス・アソシエーションがあります。当団体は業界の進歩を促進するため、世界中のエコシステムを結びつけ、連携し、分断を乗り越えます」とミッチェル氏。

社長兼CEO
ジョン・W・ミッチェル 氏


IPCからの“進化”を遂げた
新たな組織の在り方とは
     グローバル・エレクトロニクス・アソシエーションは冒頭に述べたとおり、約70年にわたってIPCとしてエレクトロニクス産業の国際標準規格を策定し、品質や信頼性を担保してきた。グローバル・エレクトロニクス・アソシエーションは新たな組織ではなく、IPCの信頼の基盤の上に築かれた、新たな組織の名称であり「始まりではなく、進化」だとミッチェル氏は力強く語る。
 「私たちの使命は明確です。『より良い世界のために、より良いエレクトロニクスを』。産業の成長を推進し、サプライチェーンの強靱性を高めていけるよう支援を継続していきます」(ミッチェル氏)
 このサプライチェーン・レジリエンスに対し、グローバル・エレクトロニクス・アソシエーションは「グローバル貿易と市場アクセス」「各国の競争力強化」「テクノロジー・ソリューション」「サプライチェーンの協調」「インダストリー・レジリエンス」といった五つの分野で取り組みを進めていくほか、これまでと同様に標準化の推進やデータ活用、政策提言など多岐にわたる活動を展開していく方針だ。
 ミッチェル氏は「グローバル・エレクトロニクス・アソシエーションは今後もグローバルなエレクトロニクス産業のエコシステムを代表する声として、また発展、レジリエンス、イノベーションを推進する提唱者として、産業や政府、人々をつなぐ存在として、エレクトロニクス産業の成長を促進していきます」と語った。
エレクトロニクス産業における
日本企業の役割と標準化の重要性
     本プレスセミナーでは、元経済産業大臣 自民党半導体戦略推進議員連盟名誉会長 甘利 明氏とNEC特別顧問 日本産業標準調査会会長 遠藤 信博氏、ジョン・W・ミッチェル氏によるパネルディスカッションも実施された。
 「日本のエレクトロニクスの未来を切り拓く」と題して実施されたパネルディスカッションでは「より良いエレクトロニクスで、より良い世界を:Advocacy(声を届ける力)とIndustry Harmonization(産業を整える力)」をテーマに議論が交わされた。
 「より良いエレクトロニクスで、より良い世界を」という概念を実現させる上でグローバル・エレクトロニクス・アソシエーションが実現するべき世界とは何か。その答えを探るべく設定された最初のトピックスが「国際標準と人材育成」だ。甘利氏は「過去に『いいものは市場を取れる』と言われていましたが、私の経験では市場を取ったものがいいものではなく、いいものを標準化するという努力が最も重要です。例えば企業で標準化を扱う部署が昔からありましたが、日本はこの部署を標準化を戦略的に扱う場所にしていかなければなりません」と指摘する。加えて、国際標準を策定するグローバル・エレクトロニクス・アソシエーションのような機構の重要性についても指摘し、技術革新が早いエレクトロニクス産業においてはこれら機構の関係者が集まって協議し、標準として定める取り組みのスピード感と国家間での標準化のすりあわせをうまく使い分けていくことが重要だと語った。
 遠藤氏は「標準化というのは、マーケットでのIPの生かし方です。標準化をベースにものづくりをすれば、それだけ価格が下がる効果があるでしょう。一方で、標準化を進める上ではその関連技術を持つ企業などがディスカッションする場が非常に重要です。ヨーロッパなどではEUという市場を共有しているため、自然と各企業が会話をして標準化に対して働きかけを行えますが、日本の場合はそういった環境がありません。そういう意味ではグローバル・エレクトロニクス・アソシエーションが、そうした活動をサポートする仕組みを提供していただけるのではないかと期待しています」と述べた。
 これらの意見を受けてミッチェル氏は「遠藤氏が説明されたように、グローバル化が進む中では国際標準との連携が不可欠です。グローバル・エレクトロニクス・アソシエーションの強みの一つは、国単位ではなく企業単位で迅速に動ける点があるでしょう。企業はさまざまな標準化活動に参加するよう招聘されています。日本が標準化における市場への影響力を高め続けるためには、グローバル・エレクトロニクス・アソシエーションが策定するIPC規格などの国際標準への参加が必要です。現在IPCには70カ国以上が参加しています。参加によって企業は新しい市場を開拓し、サプライヤーの拡充やグローバルなサプライチェーンの強化に繋げています。日本は、これらの標準化議論の場において、より強いプレゼンスを持つ必要があります。そうすることで、日本の専門知識が国際標準に反映されるようになるでしょう。私たちが過去70年近く取り組んできた重要な役割の一つが『標準化』であり、今後もこの取り組みを強化していきます」と語った。
 グローバル・エレクトロニクス・アソシエーションの会員企業は世界中に何千社もの企業がある一方で、日本企業はそのうちわずか1%程度だという。ミッチェル氏はパネルディスカッションの最後に「日本企業のより多くの参加を歓迎しています。日本企業は、標準化、人材育成、持続可能性の取り組みにおいて優れた技術と経験が大きな影響力を持つでしょう。若い世代への働きかけにも力を入れており、業界のニーズに基づいて人材育成や研修の提供も行っています。今後も会員企業の声に耳を傾けながら、グローバル・エレクトロニクス産業の未来を共に築いていきます」と締めくくった。



プレスセミナーの最後には、元経済産業大臣 自民党半導体戦略推進議員連盟名誉会長 甘利 明氏、NEC特別顧問 日本産業標準調査会会長 遠藤 信博氏、ミッチェル氏の3名によるパネルディスカッションが実施され、日本のエレクトロニクス産業の未来を切り拓くための議論が行われた。

          




