ARグラスやビデオ通話を救急現場に活用
都城市の救急搬送デジタル化事業の取り組み

救急現場において、119番通報後の救急車が現場に駆け付けるまでの時間や傷病者を搬送して病院で医師の処置を受けるまでの時間に、いかに適切な応急処置を施せるかが生死を分けるといっても過言ではない。そんな救急現場にデジタル技術を取り入れて、救急活動の在り方をより良いものにするための実証が宮崎県都城市で行われた。デジタル技術の活用で救急現場はどのように変わるのか、その取り組みの内容を取材した。

音声のみに依存しない情報伝達

宮崎県都城市
宮崎県宮崎市と鹿児島県霧島市の境に位置する人口約15万9,000人(2022年8月1日時点)の都市。鰐塚山や霧島連山など山に囲まれた広大な盆地を形成している。市全体の農業産出額の約8割を畜産部門が占めており、牛肉、豚、鶏の生産が盛ん。2020年の市町村別農業産出額は約865億円で、全国第1位となった。霧島山麓で育つサツマイモや地下深くからくみ上げられた清らかな水などを原料に作られた焼酎も有名。

 都城市は、人口約15万9,000人を有する都市だ。宮崎県の中で第2位の人口の多さを誇っている。そんな多くの市民の安心安全を守っているのが、都城市消防局である。日々、さまざまな救急要請を受ける中で、課題に感じていることもあるのだという。

「都城市消防局の管轄エリアは広く、特に山間部を含めた郊外からの要請も多いため、救急隊員の現場到着までの時間は全国平均と比較すると時間を要しています。そうした状況下で、傷病者に最適な応急処置を行いつつ、医療機関に迅速に搬送できるかが課題となっています」と話すのは都城市消防局 総務課 防災広報担当 岩下拓斗氏だ。

 さらに市民から119番通報を受ける際にも課題が生じているのだと岩下氏は続ける。「119番通報をする通報者の多くは、慌てている状況がほとんどです。通報を受け付けた指令員は、通報者から傷病者や周囲の状況を聴取しなければなりません。さらに、心肺停止のような一刻を争う場面においては、電話越しに口頭での応急手当ての指導を行う必要もあります。そうした状況の中で、通報者との会話のみで状況を判断することが難しいケースもあり、音声のみに依存しない情報の伝達方法を摸索していました」

 そうした救急現場の課題解決に向けて都城市が取り組み始めたのが、「救急搬送デジタル化事業」である。都城市では、2019年に「都城デジタル化推進宣言」を掲げ、ICTを積極的に活用して行政および市民サービスの向上に向けた取り組みを行っている。今回の救急搬送デジタル化事業はこの取り組みの一環だという。

的確な現場状況の判断材料になる

 救急搬送デジタル化事業の実証として実施したのが、「ARグラスを装着した救急隊員の救急出動」と「119番通報における映像伝送」だ。救急搬送先から病院の受け入れまでに救急隊員が実施する応急処置の場面や、119番通報時の通報者との情報伝達の場面に、映像転送の仕組みを取り入れることで、救急現場の課題解決の効果を検証する。実証では、VuzixのARグラス「M400」、ドーンの映像通報システム「Live 119」が映像転送の仕組みとして活用された。それぞれの実証に関しては、以下のような流れで行われた。


・ARグラスを装着した救急隊員の救急出動
①現場に到着した救急隊員がARグラスを装着。
②現場の状況や傷病者の状態を消防司令室と病院へリアルタイムに映像で伝達。
③撮影映像をもとに、救急隊は医師から専門的な応急処置の方法を聴取。
④病院側は、映像をもとに搬送受入れ可否の判断や受け入れ態勢を整える。

・119番通報における映像伝送
①119番通報を受け、映像取得が必要だと判断された場合に、司令室から通報者のスマートフォンにSMSを送付。
②SMSに記載されたURLにアクセスすると映像伝送が開始。
③映像をもとに司令室から通報者へ応急手当の方法などを指導。(映像は出動中の救急隊に転送も可能)


「ARグラスを装着した救急隊員の救急出動に関する実証では、救急隊が映像を通して医師と情報共有することで、医師の介入を早めることができ、より適切な処置が行えるようになったと効果を実感しました。119番通報における映像伝送に関する実証では、通報段階で、傷病者の状況(ショック兆候や諸症状)が、鮮明な映像で確認できるようになるため、緊急度や重症度の観点から初動体制の判断に非常に有効的であると感じています」(岩下氏)

デジタル化は目的ではなく手段

 実証は、2022年5月19日〜7月20日の期間で行われた。今後は、この実証で得た効果や関係者からの意見などをもとに、ARグラスや映像通報システムに関する導入の可否を決めていく予定だという。

 最後に岩下氏は「都城市では、デジタル化推進宣言を行い、あらゆる分野でのデジタル化を進めています。そうした中で、当市が意識していることは、デジタル化は目的ではなく手段であるということです。市民の幸福および市の発展につながるようなデジタル化に重点的に取り組んでいますが、市民の生命に関係する救急活動におけるデジタル化は、まさに市民に寄り添った取り組みであると認識しています。自治体DXの実現に向けた一歩として、デジタル化は市民サービス向上に必要不可欠な要素ですので、引き続き救急活動におけるデジタル化の推進についても、前向きに取り組んでいく方針です」と意気込みを語った。