科学技術振興機構(JST) 研究開発戦略センター(CRDS)は、国として重点的に取り組むべき研究開発の戦略や、科学技術イノベーション政策上の重要課題についての提案をまとめ「戦略プロポーザル」として広く公表している。2025年5月にCRDSが公表した戦略プロポーザルが「フィジカルAIシステムの研究開発〜身体性を備えたAIとロボティクスの融合〜」(以下、本プロポーザル)だ。本プロポーザルの内容を基に、フィジカルAIのこれからの可能性を見ていこう。
注目されるフィジカルAI
フィジカルAIとは、センサーやアクチュエーターを介して環境と相互作用しつつ、知能を発達させる身体性を備えたAIを指す。この「フィジカルAI」というキーワードは、特にここ1年ほどで注目を集めるようになってきた。既存のロボットとフィジカルAIを比較した大きな違いは、この「AI」の部分といえるだろう。
例えば、すでにレストランでは配膳用のロボットが走行しているほか、工場では産業用のアームロボットが動いている。しかし、これらの既存のロボットはあらかじめプログラミングされた動作を行っている状態だ。フィジカルAIは、こうしたロボットと比較すると動作にかなり融通が利き、現場の状況に応じた自律的な動作が可能になる。
「フィジカルAIの代表例として、ボストン・ダイナミクスが開発した人型ロボットの『Atlas』や四足歩行ロボットの『Spot』などが良く知られています。これらのAIロボットは、体操の選手のような運動をしたり、がれきのなかを走り回ったりという動作を自律的に行います。また中国ではUnitreeの人型ロボット『G1』が人間と共にカンフーを披露した例もあります。人間がコントロールしている部分もあるといわれていますが、生成AIの技術によって、これらAIロボットの自律動作の範囲が広がっていることは間違いありません」と語るのは、科学技術振興機構 研究開発戦略センター システム・情報科学技術ユニット フェローの茂木 強氏。
三つのタイプが示す進化の可能性
このようにAIとロボティクスの融合によって実現するフィジカルAIは、今後のロボティクスの技術基盤として中心的な役割を担うことが予測されている。またこの知能(フィジカルAI)を中核に、行動・学習・判断を自律的に実行するAIロボットおよびこれを支える統合システム全体を、本プロポーザルでは「フィジカルAIシステム」と定義している。
本プロポーザルではフィジカルAIシステムに求められる能力と価値を体系的に整理するため、AIロボットを起点とした将来の技術発展の三つの方向性を示している。
一つ目は「タイプH」だ。このHは「humanoid性」を指しており、実世界で人間と協働・共進化するAIロボットだ。介護や生活支援、教育など人との協働が不可欠な領域において、自然な共生環境を構築することが想定されている。
二つ目は「タイプP」だ。Pは「Performance性」を指しており、多様な実世界タスクをこなすAIロボットを指す。産業分野における高い精度が求められる作業や職人技の再現を可能にし、医療や点検、サービスなどへの展開を通じて人手不足や技術継承の課題解決に寄与できる。「例えば産業用ロボットや調理用ロボットなどはこのタイプPに分類されます。現在の調理ロボットは炒める調理工程のみを行っていると思いますが、食材を切ったり鍋を洗ったりといった作業を人間のように自律的にできるようになるかもしれませんね」と茂木氏は語る。
三つ目は「タイプA」だ。Aは「Adaptive性」を指し、多様な実世界環境で稼働するAIロボットのことを表す。農業や建設、火災対応、インフラ点検のような人間にとって作業が困難な環境における作業の代替や支援を担うものだ。茂木氏は「極端な話をすれば車も一種のロボットです。タイプAのAIロボットでは建設現場のブルドーザーをAIロボット化したり、災害現場でがれきを動かしたりするAIロボットなどに需要がありそうです」と語った。
「人と共生するロボットというと、タイプHの人型のヒューマノイドロボットが代表的ですが、活用する場所によっては二足歩行のヒューマノイドロボットよりも車輪が付いていてフットプリントが小さいほうが良い場合もありますし、四足歩行のロボットのほうが良いかもしれません。当面は、すでに産業用ロボットが活躍しているような分野での活用が主になりそうです。具体的には、長時間の作業を行えるタイプPのような、分野特化したAIロボットです」と茂木氏。

ハードとソフトの双方にある課題

研究開発戦略センター
茂木 強 氏
今後AIロボットを活用したフィジカルAIシステムをさらに進化させていく上では、ソフトウェア、ハードウェアともに課題がある。「ハードウェアはかなり進化していますが、バッテリーやモーターのパワーが不足している点は否めません。またロボットは人間と比較して物理的な堅さがあるため、人間のような柔らかさやセンサーを再現するソフトロボティクスの進化も重要になるでしょう」と茂木氏は語る。
ソフトウェア面ではデータ不足という課題が指摘された。AIロボットは主にカメラなどのセンサーを通じて世界を認識しているが、学習に用いられる実世界データの量は、インターネット規模のデータで訓練されたLLM(大規模言語モデル)と比べて桁違いに少ないと指摘されている。これはセンサーの種類というより、物理世界で行動を伴うデータ収集が容易にスケールしないというロボットAI特有の制約によるものだ。このため、AIモデルの学習や推論の精度を高めるには、データ不足をいかに克服するかが大きな課題となっている。
このようなフィジカルAIシステム実現に向けたハードとソフトの課題を解決するための業界団体も立ち上がっている。一つ目はAIロボット協会(AIRoA:AI Robot Association)だ。経済産業省のNEDO事業に採択されており、汎用ロボットの基盤モデル開発や、データ共有の仕組みの構築を目指している。二つ目は京都ヒューマノイドアソシエーション(KyoHA)だ。これは早稲田大学やテムザック、村田製作所などの複数の企業、団体が連携することで日本発の純国産ヒューマノイドロボットの開発に向けたものづくり体制を構築している。
茂木氏は「AIRoAがソフトウェア、KyoHAがハードウェアの課題に対応するような団体といえるでしょう。ITもそうですが、日本の企業は業務で新しいツールを使いこなしたり、新しいツールで業務変革を行ったりする人は少ない傾向にあります。しかし、ハードウェア企業は今のうちにAIロボットを実際に使って検証しなければ手遅れになってしまいます。フィジカルAIはこれから進化する分野ですので、まずは海外製のAIロボットを導入し“使いこなす”素地を作っておくことが、将来のために重要になるでしょう」と語った。
