ARを活用した理科の学びで
生徒の理解度を向上させる

Case:和歌山大学教育学部附属中学校

和歌山城にほど近い場所に位置する和歌山大学教育学部附属中学校。1947年4月1日に和歌山師範学校附属中学校として開校した同校は、1966年4月1日に、現在の和歌山大学教育学部附属中学校と改称した。学校教育目標に「創造的・実践的な人間の育成~豊かな心やりぬくカー」を掲げる同校では、2016年から段階的にiPadの整備を進め、2019年からは1人1台のiPadを活用した授業を実施している。その中でも特に特長的と言えるのが、ARやVR、3Dプリンターなどを活用した授業が行われている点だ。その授業の様子を取材した。

リアルな人体模型をARで見る

 和歌山大学教育学部附属中学校の理科室では、中学2年生を対象とした「肺のつくり」をテーマにした授業が実施されていた。その授業の中では、理科を担当する教諭矢野充博氏がiPadとMacBook、電子黒板を組み合わせながら、映像やARを活用した学びを実施していた。

 授業で使用されたARアプリは、人体の3DモデルをARで閲覧できる「ヒューマン・アナトミー・アトラス2023」だ。矢野氏は自身のiPadに本アプリをインストールし、生徒の中から1名をアシスタントとして選出。生徒がアプリ上に表示されたリアルな3D人体データを操作している様子を、教室前に設置された電子黒板に表示して学級全体に共有した。

 ヒューマン・アナトミー・アトラス2023では非常に高精細な人体の3Dモデルを閲覧できるだけでなく、その場にARコンテンツとして人体を表示することが可能だ。アシスタント役の生徒は、ARで表示された人体から肋骨を取って肺の全体像や、肺を拡大して下から見たときの血管の配置場所などを、電子黒板に示して見せた。矢野氏はその様子に合わせて心臓につながる血管の位置などを、生徒たちに解説していた。その様子はまるで教室の中に突然リアルな人体模型が現れたようで、生徒たちは好奇心に満ちた目で、ARで表示された3D人体データを見ていた。

 授業の中ではホワイトボードなどにキーワードを書き込みつつ、電子黒板で動画や写真などを表示し、単元の理解を深めていた。また授業の終わりには、矢野氏自らがiOS、iPadOS向けに提供されているAR制作ツール「Reality Composer」で作成したARコンテンツを生徒たちに配信。生徒たちは各々が所有するiPadを使用して、実際に腹式呼吸と胸式呼吸では肺の動きがどう変化するのかを、AR上の肺を操作して確かめていた。

 また、VRを活用した学びも行っている。和歌山県すさみ町には、太古の地殻変動の痕跡を示す「フェニックス褶曲」がある。和歌山大学教育学部附属中学校がある場所からはバスなどの交通手段を用いて1時間半ほどかかるため、移動が制限されたコロナ禍においては、生徒たちを連れてその場所に向かい、実際にその場所を見ることが難しかった。そこで矢野氏は、ドローンを活用しフェニックス褶曲を撮影し、その360度動画をYouTubeにアップロードした。生徒たちはそのコンテンツをVRゴーグルで閲覧することで、現地に行かなくても好きな視点からフェニックス褶曲の地層を観察できたのだ。

ヒューマン・アナトミー・アトラス2023で人体模型をAR表示。電子黒板にiPadの画面を表示させながら、アシスタント役の生徒が下から見上げたり、肺に近づいたりしてその様子を観察した。
アプリでは肋骨を外して肺の形状を直接見るようなことも可能だ。肋骨を全て外すと、肺の形は意外と左右対称でないことが視覚的によく分かった。
授業の終わりに、矢野氏が作った腹式呼吸と胸式呼吸の違いを試すARコンテンツを、それぞれのiPadで試した。
青いボタンが腹式呼吸、赤いボタンが胸式呼吸だ。ボタンを同時に押すとより空気を取り込めることなどを、実際に目にして学ぶことができる。

3Dプリンターで防災教育も

「本校は3Dプリンターも導入しています。以前、冬休みの宿題として無料のWeb版CADアプリ『Tinkercad』を利用し、好きな家を建ててもらう取り組みを実施しました。その家の3Dモデルを3Dプリンターで印刷し、理科の実験で使用しました」と矢野氏。

 使用したのは、地震の波の伝わり方を学ぶ授業だ。P波やS波が進む速さや震動の伝わり方、揺れの違いなどを実際に家のモデルを使うことで、よりリアルに観察したのだ。

 矢野氏は「和歌山市内は縄文時代までさかのぼればもともと海だった地域。そのため、地震が発生した場合は土地の液状化などが懸念されています。そこで理科の授業では、実際に液状化でどのように土地に水が湧いてくるのか、3Dプリンターで印刷したマイハウスを置いて、沈みやすさを検証する授業を行いました。また、津波が発生した場合、海辺に住んでいなくても川を沿って海流が逆流してきます。それを視覚的に理解するため、マイハウスを地図上に配置し、ARを使ってどの地域に被害が出ているかを確認することも行いました」と防災教育も交えた授業の様子を振り返る。

 こうした授業を実現できる背景には、やはり1人当たり1台のiPadの配備がある。生徒が自分のiPadを自由に使えることで、さまざまな視点からARやVRのコンテンツを閲覧できるからだ。ARを活用することで、実際に生徒たちの理解が深まり、テストの正答率が向上するといった効果も得られているという。

 同校のiPadの運用は、矢野氏がiPad miniを活用し始めたことから、2012年ごろに教員の間で徐々に広がり、生徒への活用に波及した。学校内にiPadの活用が広がったように、将来的には同校のさまざまな授業において、ARやVR、3Dプリンターが日常的に使われるようになるかもしれない。