拠点間を安全につなぐ「仮想専用線」
「VPN」とは「Virtual Private Network(仮想専用線)」の略称です。不特定多数が利用する公共のインターネット回線上に、あたかも自分たちだけの専用線を引いたかのような安全な通信経路を仮想的に構築する技術を指します。
この技術を支える柱は、主に「トンネル技術(トンネリング)」と「暗号化」です。
「トンネリング」とは、通信データの送信元と宛先の間に、外部から遮断された仮想的なトンネルを作る仕組みです。さらに、この仮想的なトンネルに第三者が侵入した場合でも通信内容を見られないようにするために、分割して送信するデータの塊(パケット)を、別の通信プロトコルで包み込む「カプセル化」という技術も用います。手紙を封筒に入れて中身を隠すようなイメージで、この「封筒」が仮想的な壁となり、インターネット上でも情報の抜き取りや改ざんを防ぐ役割を果たします。
「暗号化」は、万が一データが盗み見られても、内容を解読できないように複雑な符号に変換する技術です。
VPN誕生の背景には、企業のネットワークコストという課題がありました。1990年代、企業の拠点間を結ぶには物理的な「専用線」が必要でしたが、これが非常に高コストでした。
1996年、Microsoftの技術者がPPTP(Point-to-Point Tunneling Protocol)というプロトコルを開発し、インターネット回線上で安全な通信を行うVPNの原型が生まれました。これにより、専用線を引かなくても、既存のインターネット回線で拠点間を安全に接続できるようになったのです。
2000年代に入ると、インターネットの普及とともに企業でのVPN導入が加速します。2010年代にはクラウドサービスの台頭とモバイルワークの広がりにより、社外からのアクセス手段としてVPNの重要性が高まりました。そして2020年以降、コロナ禍によるテレワーク/リモートワークの急拡大を経て、VPNはビジネスインフラとして不可欠な存在となっています。
VPNの仕組みとビジネスでの活用例
VPNに接続すると、通信経路は通常とは異なる流れになります。まず、自分のパソコンやスマートフォンからVPNサーバーに接続。その後、VPNサーバーを経由して目的のウェブサイトや社内システムにアクセスします。この間、すべての通信は暗号化されます。
このプロセスで、インターネット上でのユーザーのIPアドレスはVPNサーバーのものに置き換わり、匿名性が高まると同時に、経路上の第三者によるデータの改ざんや盗聴を防ぐこともできます。
企業VPNでは、この仕組みを使って社内ネットワークに安全に入ることができます。自宅にいながら、オフィスのLANに直接接続しているのと同じように社内システムを利用できるようになります。
この特徴から、VPNは多岐にわたるビジネスシーンで活用されています。最も一般的なのがテレワークでの利用です。自宅やカフェなど社外で働く際、VPNを通じて社内システムに接続することで、機密情報を扱う業務も安全に行えます。
出張時や海外勤務でもVPNは重宝します。ホテルや空港のWi-Fiはセキュリティレベルが不明なことが多いですが、VPNを使えば安心して業務を継続できます。また、国によってはアクセス制限がかかるサービスもありますが、VPN経由で日本のサーバーに接続すれば、国内と同じ環境で利用できる場合があります。
企業の拠点間接続もVPNの重要な用途です。本社と支社、国内拠点と海外拠点のネットワークを統合し、どこにいても同じ社内システムにアクセスする環境を構築できます。また、大学や研究機関でも、学外から学内ネットワークや学術データベースにアクセスする手段としてVPNが広く使われています。
さらに社外の取引先とのプロジェクトなど、秘匿性の高い機密情報をやり取りする際の安全なパイプラインとしても、VPNは機能しています。
用途に合わせたVPNの選び方と設定のポイント
VPNには大きく分けて、企業向けと個人向けがあります。
企業向けVPNでは、自社でVPNサーバーを構築する方法と、専門事業者のサービスを契約する方法があります。自社構築は柔軟性が高い反面、運用負荷がかかります。近年はクラウド型のVPNサービスを利用する企業も増えています。
個人向けVPNでは、月額課金制のサービスが主流です。NordVPNやExpressVPNなど、さまざまなサービスが存在します。プライバシー保護や海外コンテンツへのアクセスを目的に利用されることが多いです。
無料の商用VPNの利用には注意が必要です。コストがかからない点は魅力ですが、通信速度に制限があったり、セキュリティが十分でなかったりするケースがあります。中にはユーザーの閲覧履歴を広告業者に販売したり、最悪の場合はマルウェアを仕込んだりするものもあるため、特にビジネスでの利用は避けるべきでしょう。
VPNの設定方法は、利用環境によって異なります。
WindowsやMacなどのPCでは、OS標準のVPN機能を使う方法と、VPNサービスが提供する専用アプリをインストールする方法があります。企業VPNを利用する場合は、IT部門から接続先サーバーのアドレス、ユーザー名、パスワードなどの情報が提供されるので、それを設定画面に入力するのが一般的です。接続情報の入力や専用ソフトのインストールなど、案内された手順に沿って利用するようにしましょう。
iPhoneやAndroidなどのスマートフォンでも、デバイスの設定アプリからVPNプロファイルを追加できます。また、多くのVPNサービスは専用アプリを提供しており、アプリ経由のほうが簡単に接続できることが多いです。
自宅で複数のデバイスを保護したい場合は、ルーターにVPNを設定する方法もあります。ルーター自体がVPNに接続することで、そのルーターにつながるすべてのデバイスが自動的にVPN経由で通信するようになります。
VPNの課題、利便性の裏に潜むリスクとは
非常に便利なVPNですが、いくつかの課題とリスクを理解して利用する必要があります。
まず、通信速度の低下です。VPNはデータを暗号化し、サーバーを経由するため、どうしても通常より処理に時間がかかります。大容量ファイルのやり取りやビデオ会議では、遅延を感じることがあります。
また、近年はその「脆弱性」を突いた攻撃が深刻な社会問題となっています。特に2020年以降は、VPN機器を狙ったサイバー攻撃が急増。VPN機器のファームウェアの更新を怠ると、攻撃者に「裏口」として侵入され、ランサムウェア感染の入り口にされるリスクがあります。
VPNへの過信も危険です。VPNはあくまで「通信経路」を保護するものであり、フィッシングメールや悪意あるサイトへのアクセス自体を防ぐものではありません。
最近では「境界の内側(VPNの中)は安全」という考え方を捨て、「何も信頼しない」ことを前提に、アクセスごとに厳格な認証を行う「ゼロトラスト」モデルへの移行も進んでいます。
VPNは現代のビジネスパーソンにとって欠かせないツールですが、万能ではありません。多要素認証(MFA)の導入や、機器の迅速なアップデートなど、適切な運用が伴って初めてその真価を発揮します。自社のセキュリティ方針を正しく理解し、VPNを安全に「使いこなす」意識を持つことが、強固なリモートワーク環境を築く第一歩となるでしょう。

