GIGAスクール構想の推進によって、児童生徒1人に1台のタブレット端末の普及が進み、教育現場でのICT活用は日常のものとなった。昨今では生成AIの台頭に伴い、これらを教育現場で活用する動きや、学習データと校務データを連携させる動きも出てきている。2025年度から本格化する1人1台端末の更新の動きも見逃せない。本特集ではそうした「NEXT GIGA」に向けた教育現場のこれからのICT活用動向について、文部科学省の令和6年度(以下、2024年度)補正予算および令和7年度(以下、2025年度)予算案から展望していくと同時に、市場調査会社、OSベンダー各社によるこれからの市場動向や戦略を解説していく。
Part.1:文部科学省事業から見るNEXT GIGA

GIGAスクール構想
児童生徒1人につき1台の学習者用端末(以下、1人1台端末)と高速大容量のネットワークの整備を一体的に進めるGIGAスクール構想が発表されたのは2019年12月のこと。その後、コロナ禍による後押しもあり、教育現場のICT環境は2020年から2021年にかけて急速に整備された。多くの自治体ではこれらの端末が、2025年度に更新時期を迎える予定だ。こうしたGIGAスクール構想第2期(以下、GIGA第2期)に向けた2025年度の文部科学省の予算から、これからの取り組みを展望していこう。
活用が進む1人1台端末
今後の端末更新予算は?

初等中等教育局 学校情報基盤・教材課
庶務・助成係長
内田裕一朗 氏
GIGAスクール構想による1人1台端末の整備によって、学校現場の学びの在り方は大きく変わった。文部科学省が実施した1人1台端末の利活用状況のデータを見てみると、週3回以上端末を活用している学校は、小学校、中学校共に9割を超えてきており、構想初期の状況と比べれば、端末を活用した学びが日常化してきていると言える。端末活用の用途としては児童生徒が自分で調べる場面や、教職員と生徒がやりとりする場面で活用されているケースが多い。
また、課題解決に取り組む学習活動を行っている学校ほど、考えをまとめ、発表・表現する場面でICTを活用しており、その両方に取り組んだ学校グループの児童生徒は、それ以外のグループよりも各教科の正答率が高いことが分かってきたという。それに加え、ICTを活用することで「分からないことがあったときに、すぐに調べることができる」「画像や動画、音声等を活用することで、学習内容がよく分かる」「友達と考えを共有したり比べたりしやすくなる」といった効果を感じる声もある。約9割の児童生徒がICT機器を活用することに効果を感じていることも調査により分かった。
こうしたデータからも、GIGAスクール構想第1期(以下、GIGA第1期)で整備された1人1台端末の活用によって学校現場で起こった学びの変化が見て取れるだろう。
これらの1人1台端末が、2025年度に本格的な更新時期を迎える。文部科学省はこれらの1人1台端末の更新予算として2023年度補正予算で2,661億円を計上したことは既報の通りだ。5年程度をかけた端末の更新を進めるための予算と共に、端末の故障に備えた予備費の整備予算について、当面必要な分が盛り込まれている。GIGA第1期と異なるポイントとしては、「基金」の扱いとなる。各都道府県に5年間分の基金を造成し、5年程度をかけて端末を計画的に更新するための支援を継続していくこととされている。またGIGA第1期では市区町村ごとに端末の調達を行ったが、GIGA第2期ではこれらの基金を活用した都道府県ごとの共同調達になる。

各自治体の更新計画に対応し
端末更新に必要な経費を計上
2025年度は、この端末更新に向けた「GIGAスクール構想の推進〜1人1台端末の着実な更新〜」予算を積み増しており、2024年度補正予算において234億円が計上されている。
「自治体によっては、GIGA第1期で導入した端末を一般的な耐用年数である5年間使う場合もあれば、より長く使う場合もあります。また全学年分の端末を一括で更新する場合もあれば、学年進行や学校種ごとに徐々に入れ替える場合などさまざまです。2024年度補正予算ではこうした各自治体における最新の更新計画に対応し、着実な端末更新を進めるために必要な経費を計上しています」と語るのは、文部科学省 初等中等教育局 学校情報基盤・教材課 庶務・助成係長 内田裕一朗氏だ。
これらの予算は公立学校の端末整備に206億円、国立や日本人学校等の端末整備に28億円が割り当てられている。私立学校分については2025年度予算案にて3億円を計上している。
なお、GIGA第2期の端末更新は前述の通り、都道府県ごとの共同調達が原則となるが、2024年4月17日発表の「GIGAスクール構想の実現 学習者用コンピュータの調達等ガイドライン」に「共同調達を行わずともよい場合」の条件が6項目示されており、いずれかに合致する調達設置者は共同調達からのオプトアウトが認められる。例えば、「高度な教育を行うため、最低スペック基準を上回るスペックであって、かつ共同仕様書に定めるスペックよりも高いスペックの端末を導入する必要がある」場合などは、オプトアウトが認められる。ただし、共同調達のメリットは市区町村の事務負担軽減やスケールメリットによる端末やサービスなどのコスト低減のみならず、都道府県が設置する共同調達会議を介して、域内の学校教育の改善や底上げを進めていくことが目的としてある。よって、オプトアウトの条件に合致する調達設置者であっても、共同調達会議における情報交換などに積極的に参加することが推奨されている。
約8割が推奨帯域を満たさず
ネットワーク環境の見直しを推進
冒頭に述べた通り、GIGAスクール構想は1人1台端末とともに高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備する計画である。GIGAスクール構想では、1人1台端末のWebブラウザーを通してクラウドにアクセスし、学習ツールを活用することを基本としている。GIGA第2期に向けた端末の最低スペック基準については2024年4月17日に公開された「GIGAスクール構想の実現 学習者用コンピュータ最低スペック基準」を参照されたい。
このようなクラウドを前提とした1人1台端末の日常的な活用に加え、デジタル教科書やCBT(Computer Based Testing)の導入も進んでおり、学校現場の通信ネットワークの存在はますます重要になっている。その一方で、現時点で学校現場に整備されている通信ネットワークは十分な帯域が確保されていないケースも少なくないという。
内田氏は「文部科学省は2024年4月に、同時・多数・高頻度での端末活用を想定し、学校規模ごとに1校当たりの帯域の目安(当面の推奨帯域)を設定しました。一方で、この推奨帯域を満たしていないと思われる学校は78.4%であり、非常に憂慮すべき状況です。こうした推奨帯域を満たしていない約8割の学校は、ネットワーク環境の改善を進めていく必要があります」と指摘する。
こうした課題の改善に向け、各自治体の基盤整備を強力に推進していくために創設したのが「GIGAスクール構想支援体制整備事業」だ。2024年度補正予算として60億円、2025年度予算案として5億円を計上している。
「学校の通信ネットワークを改善していくためには、まずはネットワークアセスメントを通じた課題の把握を行い、その結果を踏まえた通信ネットワークの着実な推進を図っていく必要があります。本事業では『学校の通信ネットワーク速度の改善』として、ネットワークアセスメントなどの支援を行うこととしています。各自治体が行うネットワークアセスメントへの支援は2022年度から『GIGAスクール運営支援センター整備事業』などを通じて取り組んでいましたが、2024年度補正予算と2025年度予算案では新たにGIGAスクール構想支援体制整備事業を創設し、ネットワークアセスメントの実施促進に加え、アセスメント結果を踏まえたネットワーク環境の改善にかかる初期費用を支援していきます。この補助事業などを通じて2025年度中に全国の学校においてネットワーク改善が図られるよう、スピード感を持って取り組みを促していきます」と内田氏。

次世代校務DXの実現に向けて
統合化やクラウド化に取り組む
GIGAスクール構想支援体制整備事業では「次世代校務DX環境の全国的な整備」および「学校DXのための基盤構築」にも取り組む。文部科学省は2023年3月に「GIGAスクール構想の下での校務DXについて〜教職員の働きやすさと教育活動の一層の高度化を目指して〜」を取りまとめ、その中で次世代校務DXの方向性を示している。
具体的にはロケーションフリーでの校務実施が可能な環境の構築や、ダッシュボード上で各種データの可視化を行うことで、きめ細やかな学習指導などを行えるような環境の構築だ。学校現場の校務支援システムはこれまで閉域網で運用されており、校務系ネットワークと学習系ネットワークが分離していたためデータ連携が困難だった。「次世代校務DX環境の整備支援」メニューでは、都道府県域での共同調達を前提とし、こうした校務系ネットワークと学習系ネットワークの統合にかかる初期費用や、校務支援システムのクラウド化にかかる初期費用などの支援を行う。また、「都道府県域での次世代校務DX環境整備に向けた準備支援」メニューでは、次世代校務DX環境整備を行う際に必要となる帳票統一やネットワーク環境の実態調査など、県域での共同調達に向けて都道府県が行う各種準備プロセスを支援する。
次に、学校DXのための基盤構築メニューでは、各自治体における教育情報セキュリティポリシーの策定や改定の支援、セキュリティリスクアセスメント、端末利活用などの各種専門家への相談といった経費をサポートする。内田氏は「教育情報セキュリティポリシーは、自治体が策定している一般的な情報セキュリティポリシーとは別に、教育版の情報セキュリティポリシーを策定するものです。最新の調査結果によると、半分ほどの自治体が教育情報セキュリティポリシーを策定していません。学校は子供の機微情報等も取り扱いますので、教育現場に合わせた情報セキュリティポリシーの策定や改訂を行い、セキュリティリスクの見直しを進めることなどを通じて、校務DXや端末の利活用の促進に向けたGIGA第2期の基盤づくりを進めていきます」と語る。


伴走支援と事例創出で
自治体格差の解消を目指す
GIGAスクール構想によって教育現場のICT環境が整備された一方で、その活用状況については自治体や学校によって差が見られるのも事実だ。文部科学省では「GIGAスクールにおける学びの充実」として2025年度予算案として2億円、2024年度補正予算として2億円を計上している。これらの予算では大きく分けて「GIGAスクール構想の加速化事業」「情報モラル教育推進事業」「児童生徒の情報活用能力の把握に関する調査研究」を実施する予定だ。
その内のGIGAスクール構想の加速化事業では、伴走支援強化と事例創出の二つの側面から、ICTの日常的な活用を支援していく。伴走支援強化施策として挙げられるのが「学校DX戦略アドバイザー」による支援だ。1人1台端末の活用によって生じる課題に対して、各種専門家による相談体制を構築し、自治体や学校の課題解決を支援していく。2024年度事業と異なるポイントとしては、各自治体の相談費用について国庫補助制度を設けたことだ。「次年度の学校DX戦略アドバイザー事業では、国は各種専門家への相談体制や有識者へのコンタクト体制を構築することにシフトします。アドバイザーへの相談経費(交通費や謝礼金など)は、まずは自治体や学校において負担をいただいた上で、当該相談経費に対して国庫補助の申請が可能となるような運用になります」と内田氏は説明する。
事例創出の取り組みとして挙げられるのが、2022年度補正予算から行われている「リーディングDXスクール」事業である。2024年度補正予算にも引き続き計上されたところであり、指定校における1人1台端末と、クラウド環境の学習の基盤を活用した上で、個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実を実現する事例創出を目指すものだ。例えば情報活用能力を育成する指導や、主体的・対話的で深い学びの中でのICT活用の事例だ。これらの事例を都道府県などの域内や全国に展開することで、GIGAスクール構想の加速化も目指す。
リーディングDXスクールは2024年7月5日時点で257校指定されており、前述した個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実のほか、教育課程全体を通じた情報活用能力の育成や、動画教材の活用や外部専門家によるオンライン授業、教員の働き方改革や校務DXの推進などに取り組んでいる。2024年度補正予算ではこのリーディングDXスクール指定校を全国で100カ所程度設置し、1カ所約100万円の予算を措置する方針だ。来年度の指定校については、2024年度中に公募を予定している。
生成AIを活用した教育に向けて
三つの実証研究を実施
2023年度補正予算におけるリーディングDXスクールの取り組みでは、生成AIを活用した授業研究にも取り組んでいた。前述したリーディングDXスクール指定校の内66校が生成AIパイロット校も兼ねており、生成AIを教育や校務に活用する実践事例が生まれつつある。そこで文部科学省は、2025年度事業および2024年度補正事業において生成AI関連の実証事業を「生成AIの利活用を通じた教育課題の解決・教育DXの加速」としてスピンアウトさせ、さらなる教育DXの推進を目指している。2025年度予算案で2億円、2024年度補正予算で6億円を計上している。
本事業は「教育分野での利活用の検討」と「生成AI利活用に関する実証研究」の二つに大別できる。教育分野での利活用の検討では、生成AI利活用に向けた事例収集や、学校現場における実態調査、事例集の作成、生成AIの利活用に関する検討会議の運営などを実施する。本取り組みは2025年度予算案にて実施予定の事業だ。
生成AIの利活用に関する実証研究では、以下の三つに取り組む。
1.生成AIパイロット校の指定を通じた利活用の創出(2025年度事業)
2.セキュアな環境における生成AIの校務利用の実証研究事業(2024年度補正事業:予算額2億円)
3.学びの充実など教育課題の解決に向けた教育分野特化の生成AIの実証研究事業(2024年度補正事業:予算額4億円)
生成AIパイロット校は前述した通り、リーディングDXスクールからスピンアウトした取り組みだ。生成AIの利活用の実証を学校単位で進める指定校を支援する。教育と校務の双方での活用による事例創出や共有を目指す。一方、校務で生成AIを活用する場合、児童生徒の個人情報のような機微情報を扱うリスクもある。そこで実施するのが二つ目の、セキュアな環境における生成AIの校務利用の実証研究事業だ。個別契約により適切なセキュリティ対策を行った環境下で個人情報などの重要性の高い情報を取り扱える生成AIを活用した事例や、ダッシュボードなどのツールとの連携検討も含めた実証研究を進めていく。

教育現場に特化した生成AIで
教育の可能性をさらに広げる
学びの充実など教育課題の解決に向けた教育分野特化の生成AIの実証研究事業では、教育分野の特定の課題に対して生成AIを活用した課題解決の可能性を検証する実証だ。内田氏は「現在使われている汎用型の生成AIは、教育現場で使われるローカルな用語や表現に対応できないことがあります。例えば上履きとか体操袋など、日本の学校独自の概念は、汎用型の生成AIでは正確に認識できなかったりするんですね。それらの概念を正しく認識できるようにするなど、教育分野に特化した生成AIを開発すると、新しい可能性が生まれるのではないかという考えの下スタートする新しい事業です。実証事業の詳細は今後精査していきますが、例えば外国にルーツを持つ子供や保護者への多言語対応や、一人ひとりに最適化した個別最適な学習環境を独自の生成AIで提供するような取り組みが考えられます」と語る。
文部科学省では2024年12月26日に「初等中等教育段階における生成 AI の利活用に関するガイドライン(Ver.2.0)」を公表している。これは2023年7月4日に公表した「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」を基に、生成AIの概要や基本的な考えを示した上で、利活用する場面や主体に応じた留意点について示したものだ。「昨年末、改訂版を発表したVer.2.0のガイドラインでは、教育委員会の人向け、学校の先生方向けのように、それぞれのターゲットに向けた情報を取りまとめています。生成AIを使うに当たって留意してほしいポイントを取りまとめていますので、まずはこのガイドラインを周知することで、教育現場で生成AIを使う上での懸念を解消しつつ、適切な判断の下生成AIの活用を進めてほしいと思います」と内田氏。
最後に内田氏は「GIGAスクール構想が目指す我が国の学びの変革に向けては、端末などのハードウェア環境を充実させることはもちろんのこと、デジタル教材や校務支援ツールをはじめとしたソフトウェアも充実させていく必要があります。国としてはこれらのハードとソフトの整備を両面から進めていく方針ですので、企業の皆さまには、引き続き、質の高い製品の安定的な供給にご協力いただきたいと思います」とメッセージを送った。

DXハイスクール
小学校や中学校という義務教育段階で学びの在り方が大きく変わる中、高等学校においても多様な学びのニーズに対応するための改革が推進されている。2025年度予算案と2024年度補正予算を基に、DXハイスクールに代表される高校のテクノロジー活用を見ていこう。
高等教育に求められる
多様性への対応と共通性の確保
文部科学省は「高等学校改革の推進」に2025年度予算案として8億円、2024年度補正予算として74億円を計上している。この高等学校改革の推進は、大きく分けて「探究・文理横断・実践的な学びの推進」と「柔軟で質の高い学びの推進」の二つで構成されている。こうした取り組みを推進していく背景には、2023年8月に発表された「高等学校教育の在り方ワーキンググループ 中間まとめ」がある。それによると、これからの高校の在り方にかかる基本的な考え方として「高校教育の実態が地域・学校により非常に多様な状況にあるため、質の確保・向上に向けて、『多様性への対応』と『共通性の確保』を併せて進める必要」が指摘された。
例えば少子化が加速する中で、小規模校の教育条件の改善が求められていたり、多様な学習ニーズに対応できる環境が求められていたりするのだ。一方で、自ら問いを立てて他者と協働しながら答えを導き出し行動できる力の育成や、自身の在り方や生き方を考えて社会に主体的に参画する力の育成など、これから生きるために求められる共通性の確保(共通して求められる力の育成)にも取り組むことが必要になる。
本ワーキンググループの審議まとめに向けて、前述の中間まとめにプラスして以下の5点が盛り込まれた形で2024年末に素案が示された。審議のまとめは2025年1月末に公表される予定だ。
1.DXハイスクール事業のさらなる推進
2.専門学校を拠点とした地域人材の育成・地方創生の支援等
3.通信制高校の質の確保・向上
4.遠隔授業や通信教育の活用による不登校生徒等の学習機会の確保
5.教育費の負担軽減
今回の高等学校改革の推進における事業は、これらの高等学校教育の在り方に応えるための事業がカバーしているといえるだろう。 例えば、探究・文理横断・実践的な学びの推進の中では複数の事業が実施されるが、その中でも注目されているのが「高等学校DX加速化推進事業」だ。いわゆるDXハイスクールといわれる事業であり、2024年度補正予算として74億円、2025年度予算案として2億3,000万円が計上されている。
多様な高校で広がる
DXハイスクールの学び

初等中等教育局
参事官(高等学校担当)
橋田 裕 氏
DXハイスクールは2023年度補正事業からスタートした事業で、2023年度補正予算として100億円が計上された。大学教育段階でデジタルや理数分野への学部転換の取り組みが進んでいる中で、その政策効果を最大限に発揮するためにも高校段階におけるデジタルなどの成長分野を支える人材育成の抜本的強化が求められている。
DXハイスクールは、そうした成長分野の学部、学科の進学者を増やすため、高等学校段階で探究的な学びを行える環境整備を支援する取り組みだ。情報や数学などの教育を重視するカリキュラムを実施するとともに、ICTを活用した文理横断的・探究的な学びを強化する学校などに対して、必要な環境整備の経費を支援する。DXハイスクールへの申請には、以下の要件が必要だ。
【必須要件】
1.情報Ⅱ等の教科・科目の開設等
2.デジタル環境の整備と教育内容の充実
※特別支援学校高等部は2のみ満たすことで申請可
【加算項目】
3.理数系科目の充実
4.情報・理数系学科・コースの充実
5.文理横断的な新しい普通科の設置
6.特別支援学校の学びの充実
7.多面的な入試の実施 など
必須要件の情報Ⅱ等の科目は、すでに開設している場合のほか、当該年度中に開設に向けた具体的な検討をスタートし、必要な準備を進める対応でも問題ない。すでに開設している場合は採択後3年後までに、開設をスタートする場合は早期に受講生徒数の割合を2割以上とすることを目指すことも要件として示されている。本要件の基、2023年度補正事業では1,010校を採択した。この内、すでに情報Ⅱ等を開設している695校では38.6%が本科目を履修している。2026年度までに57.7%の履修率にしていく目標だ。
実際にDXハイスクールとして採択された学校での取り組み事例について、文部科学省 初等中等教育局 参事官(高等学校担当) 橋田 裕氏は「例えば千代田区立九段中等教育学校では、探究を軸として数理やデータサイエンス、AIなどを含むSTEAM教育の学習を取り入れたプログラム開発しています。企業専門家や大学・専門学校講師といった外部講師を招聘し、文理を横断した実体験型プログラムを実施しました。また、データサイエンスなどに十分に活用できる環境整備として『新情報実習スタジオ』を2025年度から稼働させる予定で、高度なデータ処理ができるハイスペックPCやIoTセンサー機器、高性能カメラやドローンなどの整備に取り組む方針です。農業高校のような専門高校もDXハイスクールに採択されており、鳥取県立倉吉農業高等学校では従来から実施してきたロボット田植え機や、ドローンによる農薬散布のようなスマート農業の取り組みに加え、複数の大型モニター、高性能PC、3Dプリンターなどの機器を整備した『そうのうDXラボ』を設置して、スマート農業に関する取り組みを深化させていくと同時に、環境や建設分野におけるDX活用教育を推進しています」と語る。

重点類型と域内横断の取り組みで
理数の学びをより深く広げる
こうしたDXハイスクールの取り組みは次年度も継続して進めていく。2024年度補正予算と2025年度予算案では昨年採択された継続校に対して1校当たり500万円を上限に補助を行う。また、新規採択校を200校程度増やす予定であり、これらの学校に対して1,000万円を上限に補助を行う。
加えて、新たに二つの取り組みを実施する。一つ目が重点類型だ。これはこれまでの必須要件に加えて、それぞれ類型ごとの要件を満たす取り組みを重点的に実施する高校に対して、単価を加算して支援する。具体的には、継続校の補助上限が重点類型の場合は700万、新規採択校では1,200万円と、いずれもプラス200万円が加算される方針だ。
重点類型は大きく分けて「グローバル型」「特色化・魅力型」「プロフェッショナル型」の三つに分かれる。プロフェッショナル型には半導体に関する教科・科目を有する「半導体重点枠」も用意されており、合計で80校指定することを予定している。
二つ目は都道府県における域内横断的な取り組みだ。これはDXハイスクールの取り組みを採択された指定校のみならず、都道府県全域に拡大していくための取り組みであり、プログラミング等情報技術を活用した課題解決に関するコンテストや、情報Ⅱ等に関する教員向け研修、域内の希望する高校生などを対象としたデジタル人材育成講座の開講、DXハイスクール取り組み事例発表会、研修協議会などを行うための経費を上限1,000万円で補助を行う。
ネットワーク構築によって
多様な子供たちに学びの機会を
冒頭で述べた通り、高等学校改革の推進では、柔軟で質の高い学びの推進にも取り組んでいく。これは「各学校・課程・学科の垣根を超える高等学校改革推進事業」(2025年度予算案:1億500万円)と「高等学校における教育の質確保・多様性への対応に関する調査研究」(2025年度予算案:8,500万円)で構成されている。
各学校・課程・学科の垣根を超える高等学校改革推進事業は、主に二つの取り組みを進める。一つ目は「遠隔・通信等も活用した、学びの機会の充実ネットワークの構築」だ。これは多様な学習ニーズに応えるため、通信制高校や教育センターなどを中心拠点として、遠隔授業や通信教育を活用した積極的な域内の学校の連携や併修ネットワークの構築を進める。橋田氏は「通信制高校に通う子供たちが急増しています。そうした子供たちの学習ニーズに応えるため、域内の学校間の連携やネットワークの構築を行うための機材整備やスタッフの人材育成といった費用の支援を行います」と語る。
二つ目は「都道府県の枠組みを超えた、高等学校連携ネットワークの構築」だ。生徒同士の学び合いを深めるため、複数高校での合同授業の実施や、指導者、外部人材のリソースを共有することで、都道府県の枠組みを超えた複数の高等学校によって構成される学校群ネットワークの構築を目指す。離島や山間地域のようなへき地の高校から大学進学を目指す生徒に対しての教育の質の確保を行う。
高等学校における教育の質確保・多様性への対応に関する調査研究では三つの取り組みを行うが、その中でも「不登校生徒等の学びの充実支援策」として「オンライン等を活用した効果的な学習の在り方に関する調査研究」と「定時制・通信制高校の学び充実支援事業」を実施する。いずれも前年度からの継続事業で、新規1カ所を拡充するという。橋田氏は「高等学校教育の在り方ワーキンググループでも指摘がありましたが、不登校の子供たちが増加しています。そうした多様な背景を有する生徒たちの学びの質を確保していくため、オンラインなどを活用した効果的な学習を提供するノウハウや学習支援の評価の工夫を整理し、新たな事例の創出を進めていきます」と語る。
本記事で紹介したように、高校における教育の在り方は非常に多様だ。橋田氏は「先生方には、各学校の状況に応じてオンラインなどを適宜活用し、生徒たちの多様性に配慮しながら学びを進めてほしいですね。DXハイスクールも機器を整備して終わりではありません。資金を有効活用しながら、探究的な学びへの授業改善につなげてほしいと思います。また、企業の皆さまには是非DXハイスクールの状況をウォッチしながら、学びへの支援も協力いただければうれしいですね。情報Ⅱは高度な内容ですので、学校のノウハウだけでなく専門的な外部人材が求められています。機器提案のみならず人的な支援によって子供たちの教育の充実につなげてほしいです」と語った。


英語教育強化事業
社会でグローバル人材が求められる一方で、学校教育における英語力は依然として社会の期待からは乖離した状態だ。そうした中で、文部科学省は「小・中・高等学校を通じた英語教育強化事業」を進めている。その中でも2024年度補正予算事業として実施されるのが「AIの活用による英語教育強化事業」だ。英語教育におけるAI活用の可能性を見ていこう。
「話すこと」や「書くこと」で
AIを活用し英語を学ぶ
「英語教育にAIを活用するメリットとして、日本の学校現場で日常的に学ぶことが難しい『話すこと』『書くこと』をカバーしやすい点があります。生徒の英語力は向上傾向にありますが、日本では、学校の外で生活していても実際に話す機会や書く機会が少ないため、生きた英語力が身に付けにくい現状があります。しかし、AIによって発音を採点したり、AIと会話したりすることが可能になれば、これまで身に付けにくかった話すことや書くことのスキルをもっと向上できるでしょう。事業名は異なりますが、AIを英語教育に活用する事業は2024年度『デジタル技術を活用した発信力強化事業』として実施していました。2024年度補正予算では2024年度事業の6倍以上の予算となる6億円を計上した『AIの活用による英語教育強化事業』として、三つの取り組みを進めていきます」と語るのは、文部科学省 初等中等教育局教育課程課 外国語教育推進室 室長補佐 澤浦侑喜氏。
まず一つ目は、AIを英語の授業などで活用するモデル校を約300校指定する。澤浦氏は「2024年度事業では83校を指定し、主に発音や会話などの話すことでAIを活用していました。2024年度補正予算では、話すことに加えて書くことについても拡充し、子供の興味関心を踏まえた教材づくりなど幅広いシーンでもAIが活用できないか検証していく方針です」と語る。
AIを活用した英語教育を
域内の教員に広く普及

初等中等教育局教育課程課
外国語教育推進室
室長補佐
澤浦侑喜 氏
二つ目は、AI英語活用リーダーによる実践の普及だ。これは各学校から、リーダーとなる教員を選出し、授業などで自ら率先してAI活用を実践してもらったり、域内の教員にその実践例を普及していったりすることで、モデル校以外の学校でもAIを活用した英語教育の普及を進めていく。
三つ目は「英語教育次世代プラットフォーム」(仮称)の設置だ。これは文部科学省から本事業の委託を受ける民間企業が設置する事務局を指しており、研究協議会の運営や、モデル校、AI英語活用リーダーへの指導助言を有識者などが行えるようにするプラットフォームとして構築を進めていく。Webサイトなどでの成果と課題や分析、発信なども本プラットフォームが行っていく。
「次の学習指導要領が実施される頃には、AIの技術は今よりさらに進化しているでしょう。その進化を見据え、教師やALTによる指導とAI活用との効果的な組み合わせを実証研究し、知見を早急に蓄積することで、次期学習指導要領の検討を進めていきます」と澤浦氏は語った。
