社内外に向けた多岐にわたる業務にDXを実装
それぞれにKPIを設定してロードマップを作成

Part 2 国内企業のDX動向実態とビジネスチャンス

DX Initiative

経済産業省のDXレポート2では国内企業におけるDXの取り組みが著しく遅れていると指摘されているが、実際の取り組みの状況はどうなのだろうか。国内企業のDXへの取り組みの実態を調査するIT専門調査会社のIDC Japanに、DXへの取り組みの現状と進展に向けた課題、DXの推進に伴って期待できるITベンダーのビジネスチャンスについて話を伺った。

DXへの支出/投資は増加しているが
業務の現場への実装は停滞している

IDC Japan
ITサービス
リサーチマネージャー
山口平八郎 氏

 IDC JapanがDXを実施している国内企業で実際にDXに関わっているマネージャー以上の150人を対象に今年5月に実施し、8月10日に発表した「国内企業のDX動向調査結果」によると、調査対象の94%の企業がDXへの支出/投資について「継続する」と回答し、そのうち67%の企業が「増加させる」として、前年比平均24.6%増と回答している。

 コロナ禍で会社に出社できない状況に陥り、急きょテレワークを実施しなければならなくなったことなどの要因により、業務のデジタル化が急速に進んでいることは周知の通りだ。ただし業務の現場でDXが実践されているのかというと、そこにはまだ課題があるようだ。

 IDC Japanで先ほどの調査を担当したITサービス リサーチマネージャー 山口平八郎氏は「多くの企業では業務プロセス改革をシステムに対応させている段階であり、業務の現場への実装が停滞しています」と指摘する。

 業務の現場ではDXを推進するという戦略は理解しつつも、何をどのように進めればいいのか分からないというジレンマがあるという。

国内企業のDXへの取り組みは内向き
外向きのDXの実装も進展に欠かせない

 DXが業務の現場に実装できない理由について山口氏はいくつかの問題点を指摘する。まずロードマップが明確に示されていないことだ。どの業務において何をどのように進めていくのか、目標とその行程を明確に示す計画を作成し、適用する業務の現場に明示する必要がある。さらにロードマップが現場の業務と連携していることも必須となる。

 山口氏は「国内の企業でのDXへの取り組みは、DXを実装する業務の対象がITシステムがメインとなるため社内の業務プロセス改革など、DXの取り組みが内側に閉ざされる傾向があります」と説明する。

 そして「海外では顧客サポートやバックエンドオペレーション、調達など多岐にわたる業務でロードマップが作成されており、DXが実装されています。つまり社内だけではなく顧客やサプライチェーンなど社外に向けてもDXが実装されているのです」と話を続ける。

 IDC Japanが今年11月2日に発表した「DX動向調査・国内と世界の比較結果」の「日本と世界の企業におけるDXのKPIの比較」によると、海外の企業はDXを実装してビジネス的な効果(売上、利益、効率性、投資効果など)を計測している段階に進んでおり、「カスタマーアドボカシー(顧客からの支持)」や「従業員のアドボカシー(従業員からの支持)」に対して高い意識を持ってDXに取り組んでいる。

 山口氏は「ビジネス戦略とDX戦略の統合を中長期的に進め、DX推進に伴う変化に対応するための組織文化や制度の変革、社内システムの統合などを同時並行で進めていく必要があります」とアドバイスする。

顧客と一緒に目標を達成する役割へ
ITとビジネスの両面でDXを支援

 企業におけるDXへの取り組みが進展するのに伴い、それを支えるITおよびベンダーに対する要求も変化する。山口氏は「ITベンダーはシステムの開発・納品といったツールや手段の提供から、顧客と一緒に目的を達成するパートナーへと役割が変わるでしょう。するとITベンダーにはシステムのみならずビジネスへの支援も求められます」と説明する。

 ITベンダーの顧客はさまざまな産業におり、顧客のビジネスとシステムに関して幅広いノウハウを蓄積している。これらの産業ごとに分断しているノウハウを産業の境界を超えて組み合わせることで、新たな効率化の手段を提供したり、新たな産業を生み出したりするなどの役割も期待されるようになる。例えば産業を横断したDXプラットフォームの構築・提供が挙げられる。実際にDXへの取り組みに関連した支援サービスの需要も高まっている。

DC Japan
ITサービス
グループマネージャー
植村卓弥 氏

 IDC Japanが今年3月24日に発表した「国内DX支援サービスの需要動向調査結果」によると、調査対象(380社)の約8割がDX推進において何らかの支援サービスを利用していることが分かった。特にビジネス変革支援サービスの利用が突出している。

 この調査を担当した同社のITサービス グループマネージャー 植村卓弥氏は「ITシステムを迅速に変化対応させるためにユーザー企業では内製化が求められていますが、日本ではユーザー企業側にITのケイパビリティが少ないのでITベンダーの支援が不可欠となります。ですので当面はIT領域のテクノロジーサービスとビジネス領域のビジネス変革支援サービスの需要が大きいと見ています。これまでの顧客の要求に従ってシステムを開発・提供する受託開発型ビジネスは縮小していくでしょう」と説明する。

 ITベンダーには今後、テクノロジーとビジネス創発の両面が求められるようになるだろう。

新規事業創出で蓄積された方法論を
DX推進に取り込み競争優位を実現する

Part 3 DXを加速するための要件

DX Acceleration

奥田 聡氏はDXコンサルティング、HRサービス、データ&プラットフォーム開発、Webシステム開発などのビジネスを展開するプライムスタイルを起業したほか、コンサルタントとして数多くの企業の業務改善や新規事業支援に携わり、早稲田大学総合研究機構グローバル科学知融合研究所および早稲田大学グローバルエデュケーションセンターなどで研究や教育にも携わっている。こうした経験で蓄積された知見、特に新規事業支援に関するノウハウが企業のDX推進に生かせるという。

DXは自社のためにあらず顧客のため
内向きのDXは競争優位の確立に寄与しない

プライムスタイル
代表取締役

早稲田大学総合研究機構グローバル科学知融合研究所
招聘研究員

早稲田大学グローバルエデュケーションセンター
非常勤講師
奥田 聡 氏

 新規事業を立ち上げる際、それに携わるチームは本体と距離を置いて「出島」を作るのが一般的だという。なぜなら本体の既存の組織やビジネスと切り離さなければ、新しい事業を生み出すのは難しいからだ。

 新規事業を立ち上げることを目的として作られた出島的な組織で実践された新しい試みや、得られた知見などが企業のDXの推進に役立つと奥田氏は指摘する。奥田氏は「新規事業推進の部隊を発展的に解消して本体に取り込み、DX推進組織になるケースが増えています」と話す。

 新規事業に携わる組織がDXを推進する組織として機能することを説明する前に、DXの定義を確認しておこう。奥田氏は「DXとは競争優位を実現する取り組みです。その源泉は顧客体験の向上にあります」と説明する。

 奥田氏が代表を務めるプライムスタイルでは早稲田大学と共同で「DX競争優位実践ラボ」という研究会を運営しており、そこでは企業のDXの事例から成功要因を分析し、体系化、理論化して論文にて社会共有することで、企業におけるDX推進を成功に導く役割を担っている。

 奥田氏は「DXに限った話ではありませんが、DXを成功させるには定義を明確化することが第一歩です。繰り返しになりますが、DXとは顧客起点で競争優位を実現することであり、顧客の立場で新しいビジネスを生み出したり、既存のビジネスを改善したりする活動です。そのためには顧客から認識できる価値(バリュープロポジション)の定義が重要です。決して社内の業務改善ではないのです」と強調する。

 話を戻そう。新規事業を立ち上げる際、顧客起点で企画を立てるのは当然のことだ。この顧客を見るというアプローチは営業に携わる人なら今までも行ってきたことだが、いかに理論的に再現性の高い状況で実践するかということに関して、新規事業創出の領域で多くの方法論が蓄積されており、奥田氏は「DXに取り組む人は新規事業の方法論を取り入れるべきです」とアドバイスする。

DXは既存事業にも新しい価値をもたらす
ライバルとの競争はサイバー空間にある

 DXを明確に定義することに加えて、変革という言葉の理解も重要だ。DXの「X」を意味するトランスフォームすなわち変革とは、新規事業を作ることなのだろうか。既存事業は否定されるのだろうか。奥田氏は「既存の事業ドメインの顧客と自社の関係性において、どのような価値提供ができているのか、これからどのような価値が提供できるのかを考え、実践することがDXにつながると理解するべきです。例えば牛丼チェーンでの『うまい、安い、早い』という価値提供において、デジタルを活用して少しでも良くできればDXができていると捉えられます」と説明する。

 ただしDXへの取り組みの前提として自社がどのような状況に置かれているのか、既存事業ならば顧客は自社のビジネスに対してどのような要望や不満を持っているのか、新規事業ならば自社の強みや資源を生かしながら顧客の要望に応え、収益化できそうな事業は何なのか、といった情報を把握しなければならない。それにはより多くのデータを収集すること、それらを分析して適切な解答を得ることが求められる。ここでは事業活動の中で生じるビッグデータとして構造的に処理し、AIなどのデジタルの力を生かすことができる。

 奥田氏は「既存事業を改善したり、新規事業を展開したりするために必要なデータの収集や分析を実践するには、ビジネスがサイバー空間に構築されている必要があります。Amazon.comやウーバーなど、リアルの世界でビジネスをしていても、競争の優位性はサイバー空間で実現されています」と説明する。

「やってみる」というスピード感と
失敗を許容する文化や制度も必要

 データを分析して得られた解答から既存事業を改善したり、新規事業を展開したりする際に重要となるのがスピード感だ。スタートアップ企業やIT企業を除き、日本の企業はとかく動きが鈍いことは改めて指摘するまでもないだろう。

 奥田氏は「米国では歴史のある大企業であっても機敏に動いています。顧客起点で次々と新しいサービスを考案し、それらを実験して反応や効果を確かめる活動が活発に行われています。『やってみる』というスピード感で正解を探すわけです。日本人はこうした企業に対して『あの会社は失敗ばかりしている』と言いがちですが、そこに価値があるのです。失敗を許容しなければ新しいことはできません」と指摘する。

 DXの推進に人材が重要であることは誰もが理解しているだろう。ではどのような人材が有効なのだろうか。ITの内製化が社内のデジタルリテラシーの向上に必要だが、実践するのは難しいだろう。また新しい発想やひらめきという能力は、教育で育てることは難しい。

 奥田氏は「いろいろなケースに携わった経験を持つ人材が有利です。しかし社内だけで育てると範囲が限られてしまい、部分最適になりがちです。社外の人材や能力も取り入れて、多様性のある組織でデジタルリテラシーを高めていく必要があります」と説明する。

 最後に奥田氏は「DXは社内だけの取り組みでは実践できません。顧客起点で取り組むにはメーカーならば調達先となる部品メーカーや、顧客との接点となる販売店など、サプライチェーン全体で価値を高めていかなければDXを成功させることはできません」とアドバイスする。