あの人のスマートワークが知りたい! - 第17回
仕事ができる人はエネルギーマネジメントが上手い――ユニリーバ・ジャパン島田由香さんに聞く(後編)
働き方改革の秘訣は「性善説で社員を信じる」こと
引き続きユニリーバ・ジャパンの画期的な人事制度WAA(Work from Anywhere and Anytime)を推進する同社取締役 人事総務本部長の島田由香さんにお話を伺います。前編では導入の背景や他社にも拡がる取り組みの現状をご紹介いただきました。後編では、テクノロジーと働き方の関係について深堀りします。
文/まつもとあつし
島田 由香(しまだ・ゆか)
ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社 取締役 人事総務本部長。1996年慶應義塾大学卒業後、日系人材ベンチャーに入社。2000年コロンビア大学大学院留学。2002年組織心理学修士取得、米系大手複合企業入社。2008年ユニリーバ入社後、R&D、マーケティング、営業部門のHRパートナー、リーダーシップ開発マネジャー、HRダイレクターを経て2013年4月取締役人事本部長就任。その後2014年4月取締役人事総務本部長就任、現在に至る。学生時代からモチベーションに関心を持ち、キャリアは一貫して人・組織にかかわる。中学一年生の息子を持つ一児の母親。米国NLP協会マスタープラクティショナー、マインドフルネスNLPトレーナー。
グループウェア試用時は自部署に「2ヵ月間メール禁止」宣言
―― スマートワーク総研では、新しい仕事のあり方、進め方をテクノロジーでサポートしていこうという目標を掲げていますが、島田さんの挙げた5つの要素〈1. ビジョン/2. トップのコミットメント/3. Growth Mindset+Risk Taking(成長に向かうマインドセット+そのために必要なリスクを取ること)/4. テクノロジー/5. 役割や責任範囲の明確化〉のなかにも、テクノロジーが挙げられていますね。
島田 はい。テクノロジーなしではWAA(Work from Anywhere and Anytime)もあり得なかったでしょう。ただ、皆さん驚かれるのですが、WAA導入の際に社長と決めたのは「WAAのために追加投資をしない」ということでした。まず現在の環境でできることをやろうと。これはどういうことかと言うと、WAAとは働く場所や時間についての選択肢を拡げているだけであって、最大のハードルは先ほどお話しした「互いに信頼をできるか」という点だからです。
「性善説ですね」と言われることも多いのですが、その通りです。なぜなら、社員一人一人が「自分は何を実現したいのか?」「組織からは何を求められているのか?」を対話を通じて理解しているはずなのですから、あとは一人一人に委ねていればOKというわけです。
たとえばAnywhere、つまりオフィスから離れた場所で仕事をしている場合、電話が必要ですよね。だからスマートフォンは貸与しています。資料の作成や送付、ウェブ会議のためにはパソコンも必要ですから、やはり支給しています。もちろん、共有データにアクセスするための環境もあります。
私たちにとってラッキーだったのは、ちょうどWAAの導入とグローバルでのOffice 365導入のタイミングが合ったことですね。
「働き方改革を実現するためには巨額の投資が必要」というのは誤解です。しかし同時に、テクノロジーは絶対に必要です。理由はAnywhere=離れた場所で仕事するために欠かせませんから。現在、ユニリーバ・ジャパンでは電話会議にSkype for Business、グループウェアはMicrosoft Teamsなどを使用しています。
そのなかでもグループウェアは自分でもいろいろ試しました。メールの数が膨大でチェックしきれないこともあり、『もう少し情報がタイムリーに確認・共有できるツールはないものだろうか?』と。その結果、すでに使っていたOffice 365にラインナップされているTeamsが良さそうだと気づきました。
そこで、Teamsの研究・活用を進められているリクルートさんにもお話を伺った上で、まずは人事部内で「2ヵ月間メール禁止!」と宣言して――つまり、私のリーダーとしてのコミットメントですね――例外を作らず、基本全部Teamsでやろうと決めました。最初は使いにくく感じましたが、慣れたら楽になりましたね。
―― 基本的な質問になりますが、勤怠管理はどうされていますか?
島田 WAAを導入したとはいえ、法律上、会社は社員の勤務状態を把握する義務があります。でも、これまでお話ししてきたように、各人の信頼が基盤にありますので、細かい管理は必要ないと考えています。したがって、本人の申請をもって良しとしています。
信頼をベースにした方が、結局コストパフォーマンスも良いと思います。よく、サボらせないために、パソコンの起動時間をチェックしたり、カメラで執務状況や画面のスクリーンショットを録るソリューションなどを導入するという話も聞きますが、それは性悪説ですし、先ほど申し上げたマインドセットを変えるという大切な部分が置き去りになっていると思うんです。マインドセットを変えない限り、いくら大がかりなソリューションを導入したところで、マイクロマネジメントの連鎖になってしまい、望むような成果は得られません。
―― 確かに。「自分は仕事を通じて何を実現したいのか?」が共有されていれば、サボる理由もないはずですよね。それが自分がしたいことなのだから。
時間ではなく、自身のエネルギーをマネジメントしよう
―― 最後に、島田さんにとって「スマートワークとは?」という質問で締めくくらせてください。
島田 スマートに働くとはどういうことか? すぐイメージされるのは「ムダなことをしない」ですね。WAAを導入したときにユニリーバ・ジャパンのトップから「ワーク・ハードは要らない」と言われました。彼がいつも繰り返していたのは、「ワーク・スマート」という言葉なんです。彼は日本人ではないので、私を含めた日本人とは物事の見方が異なります。それまで当たり前だと思っていたことが、実は違う捉え方もあるということを、彼は気付かせてくれたんです。そういう意味でも、やはり多様性は大事だと思います。
彼に指摘された「ワーク・ハード」とは、言われたことをとにかくがむしゃらにやる仕事の進め方です。与えられたミッションを深く吟味することなく、疑いもなく、「がんばっています!」という姿を見せるために長時間働く。でも、それは結果と紐付いていないわけです。頑張って長時間働いたということが、何か偉い・凄いといった具合に評価されて、あろうことか昇進につながっていたりする職場も残念ながら少なくないはずです。
「でもユニリーバでそんなことはありえないぞ」と彼は言うわけです。ワーク・ハードは一切望んでいない、結果をきちんと出す事だけを望んでいるのだと。私は、それこそがスマートに働く一番のポイントだと思います。結果を出すためには、ムダなことをしている時間もエネルギーもありません。投資に対してどれだけの利益回収があるかというROI(Return on Investment)に通じるものがあるかもしれません。
私は「タイムマネジメントじゃなくてエネルギーマネジメントだ」と常々言っています。スポーツ選手と同じで、トレーニングと休息のタイミングやバランスがきちんとコントロールされているから、最高のパフォーマンスが出せるのです。
本来、そのバランス配分を一番よくわかっているのは自分自身のはずですよね。でも普段は自らのエネルギーの状態に意識が向いていないので、うまくコントロールできないわけです。ですから、そこにしっかりと意識を向ける。例えば、『午前中は頭が冴えているけれど、お昼を食べた後2時間位はパフォーマンスが悪いな。そこはペースを落として気分転換も加えた方が、その後の仕事はむしろ捗るぞ』といった具合です。
仕事ができる人、というのはエネルギーマネジメントが上手い人だと私は思っています。WAAはそのマネジメントを各自で最大限行なえるように委ねているわけです。
―― とても納得がいくお話でした。本日はありがとうございました。
〈前編はこちら〉
筆者プロフィール:まつもとあつし
スマートワーク総研所長。ITベンチャー・出版社・広告代理店・映像会社などを経て、現在は東京大学大学院情報学環博士課程に在籍。ASCII.jp・ITmedia・ダ・ヴィンチニュースなどに寄稿。著書に『知的生産の技術とセンス』(マイナビ新書/堀正岳との共著)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)、『コンテンツビジネス・デジタルシフト』(NTT出版)など。