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子供たちの創造性を伸ばすSTEAM Lab―戸田市の事例を戸ヶ﨑教育長が語る

子供たちの創造性を伸ばすSTEAM Lab―戸田市の事例を戸ヶ﨑教育長が語る

2022年03月10日更新

Special Feature 2

STEAM Lab―ここから広がる最先端の学び

GIGAスクール構想で1人1台の端末環境が整備された。そこでいま、改めてその価値が問い直されているのが、これまで情報教育を行う場であった「PC教室」の存在だ。一部自治体や学校ではこのPC教室が撤廃される動きもあるが、このPC教室を生まれ変わらせることによって、これからの子供たちに必要なSTEAM教育の拠点になり得る。今回はその新たな教育拠点をインテルが提唱する「STEAM Lab」と定義し、実際の活用事例を含めて紹介していく。

What's STEAM ?
環境が子供たちの創造性を伸ばす

Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)、そしてArts(芸術・人文社会科学)の頭文字をとった教育概念「STEAM教育」。文理を横断的に学ぶSTEAM教育を進める上で求められているのが、GIGAスクール構想で配備した端末よりもさらに高性能な、創造的な学びを引き出すICT環境だ。この環境を「メディアラボ」と呼ぶ国際大学グローバル・コミュニケーション・センターで教育情報化について研究している豊福晋平准教授に話を聞いた。


国際大学
グローバル・コミュニケーション・センター
准教授・主幹研究員
豊福晋平 氏

豊福氏_GIGAスクール構想により1人1台の端末整備が進んだ中で、PCの演習室として整備された学校のPC教室を撤廃する動きが出てきています。しかし、子供たちに配られた学習者用のPCはスペックが決して高くなく、また画面が小さいためPCが求められる全てのシーンをカバーできません。

 分かりやすいのは文章作成のシーンです。10~13インチ程度の学習者用端末では、書いた文章が1ページに収まりきらずに、子供たちは「もっと大きな画面で書きたい」と思うでしょう。写真や動画を撮った場合も、それを編集するにはGIGAスクール構想の標準調達仕様に準拠した端末では性能的に厳しく、「もっとハイスペックなマシンを使いたい」と思うでしょう。端末が手元にあり、また1人1IDのクラウドストレージを持つことでデータをためることができても、それを活用することができないのです。

 学習者用端末は、ノートと鉛筆代わりの“文具PC”には適していますが、学んだことから創造するSTEAMの学びには適していません。STEAM教育は、もともとはSTEM教育と呼ばれていましたが、そこにArt(芸術・人文社会科学)の要素が加わり、現在のSTEAM教育という概念になりました。このArtがプラスされたことが非常に重要で、STEAM教育は理数系にとどまらず全ての教科を横断する学びを実現できます。この学びを実現させるためにも、大型モニターや高い処理能力をもったデスクトップPCが配備された「メディアラボ」のような教室は必要になるでしょう。

 しかし、メディアラボは従来のPC教室のように共通のスペックのPCを30~40台並べるのは流行らないでしょう。文具PCで蓄積したデータから何かを創ってアウトプットしたい子供たちは、それぞれやりたいことがバラバラで、尖ってきます。動画を作りたい子もいるでしょうし、3Dプリンターを使って立体造形を出力したい子もいるでしょう。そうしたニーズに応えるためには、PC教室をただメディアラボに置き換えるのではなく、例えば学校の図書室に4KのモニターとDTPソフトウェア「Adobe InDesign」がインストールされたPCを数台配置して、調べた内容をすぐに新聞などにアウトプットする。音楽室に数台のPCを配備して、音楽の学びを動画や音楽制作に生かすといった、「作ってみたい」の欲求にすぐに応えられる分散型のメディアラボが、これからのSTEAM教育には求められるのかもしれません。メディアラボは既存のPC教室と異なり、全員が同じゴールを目指す“PCの演習室”ではなく、それぞれの児童生徒がやりたいこと、つくりたいことに応えられる“創造の場”であるべきなのです。

 そしてアウトプットした物はお披露目の機会が必要です。STEAM教育を実践する上では、まずデータの“蓄積”、そしてデータの“編集”、編集したものを“共有”するサイクルが重要です。この共有にあたるお披露目も、教室の中にとどめるのではなく、学校のサイトにアップしたりYouTubeに公開したりといった、社会に開いた学びにつなげていく取り組みをしていく必要があるでしょう。

This is the STEAMLab.
戸田市が取り組む教育改革とSTEAM教育の拠点“STEAM Lab”

豊福氏が「メディアラボ」と称した環境を、いち早く作り上げている学校が戸田市にある。戸田市立戸田東小学校・中学校では、ハイエンドなPC、4Kモニター、3Dプリンターなどの環境を企業と共に作り上げ「STEAM Lab」としてSTEAM教育の拠点に利用している。戸田市の教育改革から始まるSTEAM教育への取り組みに迫った。

STEAM Lab の入り口には、企業が制作した看板のほか、子供たちが自作した案内掲示もある。

協働的に学ぶ教室への転換

戸田東小中学校のSTEAM Lab はPC 端末4 台で一つの島を作り、協働的な学びを行いやすくしている。中央には3D プリンターと、ゲーミング用のさらにハイスペックなデスクトップPC が設置されている。

 埼玉県戸田市に位置する戸田東小学校・中学校(以下、戸田東小中学校)は、2021年4月1日から新しく小学校・中学校が一体型の新校舎となり、小中一貫教育が本格的にスタートした。その新校舎の一角に設けられたのが、STEAM教育の拠点とも言うべき教室「STEAM Lab」だ。

 戸田東小中学校のSTEAM Labの扉を開けると、まず目に飛び込んでくるのは27インチワイドの4KモニターとミニデスクトップPCが並ぶ机、そして教室中央に設置された3Dプリンターだ。モニターが並ぶ姿は一見、従来型のPCの演習室であるPC教室と変わらないように見えるかもしれないが、大きく異なるのは机4台ごとに一つの島を作っている点だ。従来型のPC教室では全ての机が黒板やホワイトボードの方を向いた講義室型であったり、教員の机間巡視がしやすいよう壁面に沿ったコの字型の並べ方であったりするなど、あくまで講義型の授業が行いやすい構成であることが多い。しかし、戸田東小中学校のSTEAM Labのような島を作るレイアウトの場合、児童生徒が意見交換がしやすく、協働的な学びを創出しやすくなるといったメリットがある。

 また設置されたミニデスクトップPCはインテルのハイエンドCPUが搭載されており、マルチタスクの作業や負荷の高い作業にも十分対応できる。もちろんキーボードとマウスも設置されており、児童生徒たちはGIGAスクール構想で導入された1人1台端末によって慣れた操作で、より創造的な学びを行えるのだ。

産学官民と連携した教育改革

戸田市教育委員会 教育長
戸ヶ崎 勤 氏

 こうした環境を設置した背景には、戸田市の教育改革への取り組みがある。2015年度から教育長に就任し、この教育改革を主導している戸ヶ崎 勤氏は、戸田市の教育改革の重点として産学官民と連携した「戸田市SEEPプロジェクト」を挙げる。

「SEEPとはSubject、EdTech、EBPM(Evidence-based Policy Making)、PBL(Project-based Learning:課題解決型学習)の四文字のアクロニム(頭字語)から名付けており、『浸透する』という意味を持ちます。教育の業界用語として、自然に感化される、環境が人を作るというような意味を持つ『薫習』という言葉がありますが、その意味も浸透の中に込めています」と戸ヶ崎氏。

 戸ヶ崎氏は「教育改革を進める中で一番強調していたのは、“凡庸な90点の取り組みよりも、60点で夢のある挑戦を”というものです。また授業改善に向けては、“素人の目から見ても分かる授業改善”という視点から、ICT機器活用が最も効果的であると考え、GIGAスクール構想が発表される以前の2016年から子供たちが授業で使える端末の数を段階的に整備していました」と語る。

戸田東小中学校提供の授業風景の様子。児童たちは互いに教え合いながらプログラミングに取り組む。
GIGAスクール構想で導入した端末よりもハイスペックなIntel CPUを搭載したインテル製ミニデスクトップPCが各机に配置されている。

先進テクノロジーで課題を解決

 端末整備を進める中で意識していたのは、教師主導で端末を指導・管理する“教具的”な活用ではなく、学習者中心の学びと愛用による“文具的”な活用へと変えていくことだ。2020年からは産学官で連携して、プログラミングやPBLなどICTがマストアイテムとなる学びや、学習者用デジタル教科書のトライアル、日常的な校内オンライン合同授業の実践などの取り組みを進めた。また、GIGAスクール構想の環境に適した快適なネットワーク環境の増強などを進め、市内全域の小中学校で快適にネットワークを活用できるようにしたという。

 ICTのマストアイテム化の次のフェーズとして、戸田市が着手しているのが教育データの利活用、デジタル・シチズンシップ教育の推進、そして公立小中学校でのSTEAM教育の基盤作りだ。

 STEAM教育は、文系や理系の枠にとらわれない、教科等横断的な学びによる資質・能力の育成に向く。そのため、高等学校における教科等横断的な学習の中で重点的に取り組むことが望ましい一方で、その本格的なSTEAM教育を始める前に、義務教育段階でSTEAM教育の基盤を養うことも必要だ。戸田市では産業界と連携し、このSTEAM教育の基盤作りに取り組んでいるのだ。

 その中核を担うのが、戸田東小中学校に設置されたようなSTEAM Labだ。戸田市では1人1台の端末環境の整備が進んだことで、すでに学校内のPC教室を廃止している。「PC教室を廃止して以降、第2のPC教室の構想がありました。それが今回STEAM Labとして形になったのです。実は以前、インテルが2014年に公開した『Bridging Our Future』というムービーを拝見したときに、『目指すべき教育はこれだ!』と教育変革を進めてきました。このムービーの中では『橋を強化するにはどうすればいいか?』という課題に対して、子供たちがPCや3Dプリンターを使いこなしながら学んでいます。STEAM Labは、まさにこうした先端テクノロジーを取り入れながら、本市が推進するPBLを実現する環境として最適です」と戸ヶ崎氏。

子供たちが作成したプログラムで動かすロボットなどもSTEAM Labで活用されている。
リコー製の電子黒板はキャスター付きで移動もしやすい。取材は放課後に行ったが、その中でも中学校の生徒たちがプレゼンテーションの練習のため移動させて活用していた。
中央の机にはゲーミング用のハイスペックなデスクトップPCが配置されている。Webカメラやスピーカーも用意されており、オンライン通話などに利用できる。

子供たちの知を拡張するPC

 戸田東小中学校のSTEAM Labはインテルが中心となり、リコーやアドビといったメーカーの協力のもと、冒頭に述べたような性能の高いPCや4Kモニター、3Dプリンター、クリエイティブソフトウェアなどが提供されている。「STEAM教育の基盤作りには、『社会に開かれた教育課程』の理念のもと、産業界などと積極的に連携しつつ本物や一流に触れる機会を増やすべきです。STEAM Labにおいても文具としてではなく、プロフェッショナルがどのようなデバイス、ツールを使っているのかを我慢させることなく体験させる場を作るべきと考え、1人1台用の学習者用端末のChromebookとは異なる、最上位の機種を用意してもらいました」(戸ヶ崎氏)

 子供たちはPBLの学びの中の、アウトプットを行う過程でSTEAM Labを活用している。例えば3Dプリンターを活用したメダル作りや、映像作品作りにおいて、STEAM LabでPCに向かい、それぞれの制作物を作り出す。

「特に子供たちから喜ばれているのはアドビの『Adobe Creative Cloud』です。グラフィックデザインや動画編集、Webデザインのソフトウェアが使えるアカデミックライセンスで、特に中学生などは目を輝かせて映像作品作りに取り組んでいます。3Dプリンターなどは、『医療従事者を元気付けよう』といった取り組みの中で、自分たちでメダルをモデリングして3Dプリンターで出力するなどしていました」と戸ヶ崎氏はSTEAM Labでの学びを振り返る。

 また授業外でも、STEAM Labは積極的に利用されている。休み時間になると給食を急いで食べた子供たちが、STEAM LabでPCを使うために飛び込んでくるのだという。戸ヶ崎氏は「努力は夢中に勝てず、義務は無邪気に勝てない」と語るが、すでに戸田東小中学校のSTEAM Labでは、子供たちの知的好奇心を引き出して自ら学ぶ環境が醸成されているようだった。

 戸田市では今後、STEAM教育における基盤をつくるため、教科横断・文理融合に向けたカリキュラムマネジメントに取り組んでいく。「PCは“知の自転車”です。自分なりにカスタマイズして、自分の力で走りながら日常使いができるツールであり、子供たちの知を拡張する道具であります。そのためにも、本物や一流に触れる教育環境の整備と、戸田市版SAMRモデル※を意識した活用によって、STEAM教育の基盤を作り上げていきます」と戸ヶ崎氏は締めくくった。

※ICTを授業などで活用する場合に、そのテクノロジーが授業でどのような影響を与えるかを示す尺度。戸田市ではSubstitution(代替)、Augmentation(増強)、Modification(改革)、Redefinition(再定義)の流れで捉え、子供主体のICT活用に向けた取り組みを進めている。

STEAM Labの中央に配置された3Dプリンターは子供たちの「作りたい!」という欲求に応える。写真は戸田東小学校提供。
3Dプリンターは3台設置されており、内2台がMEM方式(溶融物押出製造法)、1台がFDM方式(熱溶解積層方式)の製品だ。

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