スマホのようなカメラで
スマホユーザーにカメラを売る

〜『PowerShot V10』(キヤノン)〜 前編

キヤノンは6月22日、スマートフォンのように片手でも操作できるコンパクトなVlog(ビデオブログ)カメラ「PowerShot V10」を発売した。コンパクトなボディで簡単、手軽に動画撮影やライブ配信ができることから、発売前から多くのユーチューバーから注目を集めていた。キヤノンの新たなヒット商品となりそうなPowerShot V10はどのような人物が、どのようにして生み出したのだろうか。今回はPowerShot V10の開発メンバーのキヤノン イメージコミュニケーション事業本部 大辻聡史氏をお招きした。

使ってもらえる、持ち歩いてもらえる
どのようなカメラを作ればいいのか

キヤノン
イメージコミュニケーション
事業本部
ICB事業統括部門
大辻聡史

角氏(以下、敬称略)●「PowerShot V10」(以下、V10)の発売おめでとうございます。今日、初めてV10の実機に触れましたが本体に操作用のボタン類がほとんどありませんね。カメラと聞くと本体にたくさんのボタンやダイヤルが搭載されているイメージがあるのですが、V10はとてもシンプルですね。この見た目だけで簡単に使えそうだと感じます。V10はどのようなコンセプトで開発されたのですか。

大辻氏(以下、敬称略)●ありがとうございます。これまでのカメラに対して操作が難しそうだとか、ビデオを撮影したいのでカメラを買ったけど録画ボタンしか操作したことがないとか、重くて持ち歩きたくないのであまり使っていないといったお話をよく聞きます。こうした方々がカメラを使い始めてくれて、使い続けてくれるような製品を作りたいという気持ちが企画の原点となっています。

 今ではスマートフォンで写真やビデオを簡単に撮影できますが、スマートフォンをカメラとして使うとストレージを消費してほかの用途の邪魔をしてしまいますし、長時間のビデオを撮影するとバッテリーの残量が減ってしまい、電話として利用できなくなってしまいます。

6月22日に発売されたばかりのVlog(ビデオブログ)カメラ「PowerShot V10」。スマートフォンライクな縦型のデザインが特長だ。ボディカラーは2色が用意されている。写真の左側はスタンドを立てた状態。

 スマートフォンをカメラとして利用するのは限界があるので、では専用のカメラを買おうと思っても、先ほどのお話の通り操作が難しい、使いこなせない、持ち歩くのに不便といった不満からカメラを手に取ってもらえなかったというのがこれまでの課題でした。

●以前も一眼レフだと操作が難しそうだし、使いこなせないだろうし、重くて大きいから持ち歩くのが大変そうだということで、コンパクトデジタルカメラ(コンデジ)が発売されましたね。今のコンデジにはビデオ撮影機能も搭載されていますよね。

大辻●コンデジでも操作が難しいと感じている方が大勢いるんですよ。コンデジでもオート(撮影モード)しか使ったことがないという方が多く、私自身もコンデジを使いこなそうと操作してみると確かに難しい部分があると実感していましたから。

●オートモードで撮影すればそこそこの品質で写真やビデオが撮影できると思いますが、やはりマニュアル操作で機能を使いこなさなければ、カメラの真価が発揮されないというのが実情というわけですね。

大辻●それからカメラを持ち歩かないんですよね。常にスマートフォンを持ち歩いていますから、カメラを持ち歩く動機が弱いんです。最近はスマートフォンが財布にもなっていますし、荷物が少なくなってきているのでバッグも小さくなっていて、カメラを入れるスペースがないんです。

 それでも持ち歩いて使ってもらえるカメラとはどのような製品なのか、お客さまにお話を伺ったり、いろいろな方に意見を伺ったりしながら導き出したのが、スマートフォンのように取説(取扱説明書)を読まなくても使っていくうちになんとなく操作が習得できること、スマートフォンのカメラ機能にはない、例えばライブ配信ができる、「美肌動画」モードや多彩なカラーフィルターが用意されている、画質も音質もレベルが高いといった価値を備えていることなどの要件です。こうした要件を備えていれば、1台持っていてもいいかも、と思ってもらえるのではないかと考えました。

PowerShot V10の本体に内蔵されるスタンドはグリップにもなる。

デザイン思考でプロジェクトを推進
倒れるスマホをヒントにスタンドを内蔵

●V10のようなカメラを作ろうと思ったのは、何かきっかけがあったのですか。

大辻●実はV10の製品化につながったプロジェクトは、スマートフォンをカメラとして使用している人が増えている中で、カメラを使わないスマートフォンのユーザーに使ってもらえる、キヤノンが培ってきた技術やブランド力を生かしたサービスやハードウェアを提供することを目指して立ち上げられました。

 新しい事業につながる可能性のあるプロジェクトですから、従来とは異なるやり方で進められました。メンバーは我々事業部門と、開発部門、デザイン部門、さらに販売会社から若手が集められました。そしてこれから成長する市場の選定から始めました。

 選定した市場にいると考えられるお客さまの仮説を立てて、いくつかのターゲットユーザーを想定し、その想定に近い方々にヒアリングして仮説を検証しました。これを繰り返していくことで、先ほどお話ししたような課題や問題点が明らかになっていきました。

 こうした気付きからどのようなスペックが良いのか、どのような機能が必要なのかを検討しました。ただしハードウェア製品は市場に投入するまでに時間がかかりますので、発売するころまでにどのような変化が生じる可能性があるのかも加味して、スペックや機能を決めて企画書を提出しました。

●進め方としてはデザインシンキング的なアプローチですね。

大辻●その通りです。お客さまに即したデザイン思考で進めました。

●そのアプローチから、例えば本体のスタンドの位置やデザインを決めたりしたのですね。

大辻●はい、あるユーチューバーの方にカフェでライブ配信したり撮影したりするときに、スマートフォンをどのように使っているのかをヒアリングしました。するとスマートフォンをグラスに立てかけて使っていると言います。するとスマートフォンが倒れてしまうことがあるそうで、撮影が中断してしまうのが不満だと聞きました。

 しかし三脚を持ち歩くのは面倒です。そこで本体に三脚の機能を内蔵しようということになりスタンドを搭載しました。このスタンドは三脚の役割だけではなく、本体を持つ際のグリップにもなっています。当社の製品はグローバルで販売するため、海外の手の大きい方でも本体をしっかりホールドできるように、スタンドとグリップの役割を両立できる配置とデザインを決めました。これはデザイン思考から生まれた機能の一例です。



次回の後編ではV10の商品化までの苦労話や秘話、大辻氏のビジネスに対する思いを交えながら、これからのビジネス展開の可能性を探っていきます。