
Watson StudioのAI開発で農業の進化を導くカクイチ
IBM Cloud上のWatson Studioで
農業の進化を導く仮説検証型AIを開発
農業が抱える担い手不足や、安定した収穫が難しいといった課題に対して、有効な解決手法であるのが農業ITだ。カクイチは、自社のナノバブルウォーター技術とクラウド上で開発した農業AIを組み合わせ、日本の農業に革新をもたらそうとしている。
Lesson 1 農作物の生育を助けるナノバブル技術
カクイチは、1886年に銅鉄金物商の田中商店として創業した企業だ。1959年にカクイチとして設立し、現在はガレージ・倉庫・物置事業や国内樹脂ホース事業など多様な事業を展開している。
その中で、同社が取り組んでいるアクアソリューション事業では、直径1μm以下の超微細な気泡――ナノバブルを含んだ水(ナノバブルウォーター)を活用し、農業における農作物の成長促進や収穫増などのサポートを行っている。もともと金物業からスタートしたカクイチは、主な顧客層が農家だった。その中で顧客に対しての恩返しがしたいと2016年からスタートしたのが、ナノバブルの取り組みだったという。
カクイチの三浦一茂氏は「ナノバブルの技術は、もともとは牡蠣の養殖やトイレの洗浄などに利用されていた技術です。その技術を当社の代表が知り、当社のハウス事業の建材や樹脂ホース事業の合成樹脂などの技術でナノバブルを農業に生かせるのではないかと考えたのがきっかけでした」と振り返る。
その後、実際にナノバブルウォーターの効果を試すため、約130軒の農家で実際に作物を育てたところ、「作物の生育が良い」「根の張りが以前よりも良い」「害虫が作物につかなくなった」などの効果があったという。しかし、それらは定量的なデータではなく、あくまで農家個人の感覚値に過ぎないため、ナノバブル技術による農業を確立するためにはデータが不足していた。
Lesson 2 センサーデータを基に農業AIを開発
そこでカクイチが取り組み始めたのが、センサーによるデータ収集だ。約130軒の農家で実施していたモニタリングを1,200軒に増やし、ナノバブルウォーターを散布する作物の環境情報をセンサーデータで取得することで、定量的な環境データの収集と、それに基づく生育状況の把握を実施した。
「しかし、水分や日照状況、土壌状況など分析項目が多く、センサーデータによる生育状況を把握し、一つの生育モデルを導き出すことは難しい状況にありました。実際にナノバブルウォーターを灌水しても、よい結果が出る農業事業者と、そうでない農業事業者に分かれるケースもあり、そうした農業事業者ごとの違いをAIで分析し見える化する必要があると考えました」とカクイチの宮下貴光氏。
そこでカクイチは、日本アイ・ビー・エム(以下、日本IBM)と業務提携を結び、ナノバブルウォーターとITを活用したアクアソリューション事業において、農業事業者にアドバイスを行うシステムと、スマートフォンアプリの構築支援などを受けることを決めた。
開発するシステムは、農園やビニールハウスに取り付けたセンサーから収集した、照度、湿度、気温、土壌の水分、地中温などのデータを基に、AIで時系列の因果関係を分析するというものだ。これらの分析によって見える化された最適な散水のタイミングや、バルブの設定を基にナノバブルウォーターを散水することで、農産物の収穫量や品質の向上実現を目指す。
Lesson 3 多変量解析型から仮説検証型への転換
カクイチでは、上記システムのデータ分析モデルの作成に、IBM Cloud上でデータ準備からAIモデル開発までをシームレスに行える統合分析プラットフォーム「Watson Studio」を採用した。
カクイチの松山陽一氏は「農業AIを開発することで、これまでの先入観や感覚ありきの農業から、エビデンスベースの農業への転換が図れると考えました」と語る。
「カクイチさまがこれまで蓄積していたセンサーデータは大きな財産です。それらのデータを当社のIBM Cloud上に吸い上げ、Watson Studioで解析することで、新たな農業の可能性が生み出せると感じ、業務提携に至りました」と語るのは日本IBMの小堀大樹氏。
日本IBMとカクイチとの連携プロジェクトは2019年9月からスタートした。当初は多変量解析型AIの開発を試みたが、実際にはデータの信頼性が低かったり、重要なパラメーターの判断が付かずに失敗に終わったという。そこでカクイチは定性的なデータから仮説構築ができ、必要な情報を結果から逆算して集める仮説検証型AIの開発へと方向転換を図った。
「実際、ナノバブルウォーターを利用している2軒の農家のデータを比較すると、土壌水分に明らかな差が見られたケースがありました。A農家では植物の状態を見て灌水していましたが、B農家ではタイマーで定期灌水しており、それが土壌水分の差となって表れていました。そこで次のような仮説が立てられます。ナノバブルウォーターは植物の状態を見て灌水した方が、生育によい影響を与えられるというものです」と三浦氏。この仮説に基づいたアクションをAIが提案できれば、育てる作物や圃場やビニールハウスの環境が農家ごとに異なる環境であっても、安定した栽培が実現できる可能性があるのだ。
Lesson 4 バイアスのないAIの判断が農業の進化を導く
仮説検証型AIに必要なのは、認知→判断→行動→修正というサイクルを回すことだ。判断の箇所にWatsonのレコメンドがあり、それを基に農業事業者が行動、結果に基づき修正を行うというサイクルで農業が進化していく。そのサイクルを回すためのスマートフォンアプリケーションも現在開発しており、センサーデータによる見える化や、ほかの農業事業者の事例、AIからのアドバイスが受けられるツールとして活用できるようにしていく。また、日々の農作業記録や肥料や灌水の量など、センサーデータからは取得できないデータをスマートフォンアプリを経由して入力してもらい、それらを基に、さらなる仮説検証を進めるサイクルを構築していきたい考えだ。
「人間の事前知識は意志決定をする時のバイアスや偏見につながります。そのため、検証に基づいて仮説を作るWatsonの判断(レコメンド)が重要になります。失敗しても、そのデータを基に行動を修正すれば知の共有ができ、農業の進化につながっていきます」と三浦氏。
現在、カクイチがアクアソリューション事業で利用しているセンサーは他社から仕入れた製品だが、現在自社でも路地に設置する防水型センサーの開発を進めている。他社のセンサーデータは一度、他社のクラウドを介してIBM Cloudにデータが蓄積されていくが、自社でのセンサー開発をすることで直接IBM Cloudへのデータアップロードが可能になるなど、今後のデータ活用にもメリットが大きい。
今後もカクイチは、AIによる農業の見える化とナノバブルウォーター技術を組み合わせた農業改革によって、日本の農家の未来を変えていく。
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