
スマホ導入で売り上げを倍にした山口土木のIT化施策とは?
スマホで売り上げが倍に
IT化にどこから着手すべきか
政府が進めるi-Constructionは、3次元データの活用を中心とするITの全面的な導入によって、建設現場の効率化や生産性の向上を図るものだ。その具体例として、ドローンを利用した測量や自動制御が可能なICT建機などが注目されるケースが多いが、建設現場の効率化や生産性の向上という視点で考えれば、そもそものITインフラの整備という側面でも製品やサービスの提案機会は存在する。
というのも、建設現場を支える中小企業においては、ITの導入そのものがまだまだ遅れているからだ。これは国土交通省や建設関係者いずれもが指摘している事実だ。3次元データの活用時には、データをやり取りできるネットワークやストレージ基盤、デバイスなどが必須となるが、そうしたインフラ自体が整備されていない中小企業が少ないというのだ。
それでは、i-Constructionで目標とされる効率的で生産性の高い現場を実現させるためには、建設関連企業はどのような取り組みから始めるべきなのか。大きな示唆を与えてくれるのが、愛知県岡崎市で公共工事から民間工事までの土木事業を営む山口土木だ。
山口土木は従業員が約40名の小規模企業でありながら、建設現場におけるIT化の取り組みにおいて、全国から大きな注目を集めている企業である。同社の情報システム部門を一人で担当している取締役統括技術部長の松尾泰晴氏は、自社の業務を行いつつ、i-Construction関連の会議やセミナーなどで講演するために全国を飛び回っている。山口土木の取り組みが高い評価を得ている証だ。また、松尾氏は国土交通省 中部地方整備局が実施しているICTアドバイザー登録制度において、i-Constructionの取り組みを円滑に進めるための技術相談などを企業から引き受けるICTアドバイザーにも認定されている。
その松尾氏は、同社のIT化における最初の大きな成功ポイントとして、「スマートフォンの導入による情報共有体制の整備によって、売り上げが2年で倍に増えたこと」を挙げる。
株式会社山口土木
本社:愛知県岡崎市東明大寺町13-17
土木事業部:愛知県岡崎市箱柳町字川北72
資本金:2,600 万円
売上高:13 億4,000 万円(2018 年3 学期実績)
スマホとクラウドサービスで効率化
スマートフォンの導入で売り上げが倍になるというのは、魅力的なうたい文句として広告にも使われそうなインパクトがあるが、山口土木では実際にそれを実現させた。「常々、業務の効率化について考えていました。どうにかして作業現場の無駄をなくして、より効率的に働ける環境を作りたいと思っていたのです。常に人手不足で、現状の従業員でどれだけ生産性を高められるかが大きな課題でした。そうした中で、6年前にiPhoneを導入したのです。個人的に使用してみて、これは使えると判断した結果です」(松尾氏)
山口土木は業務上で具体的にどのような課題が発生していたのか。松尾氏が例として挙げたのが情報共有だ。「作業現場は毎日複数あり、従業員はそれぞれの担当現場で作業を行います。担当現場を決めるのは、作業日前日の夜です。そのため、従来までは各現場担当者が作業を終えてから会社に集まり、1〜2時間かけて翌日の担当割り振りをホワイトボードを使って決めていました」
現場の割り振りは、作業日の朝に雨などが降って担当現場の変更を余儀なくされた場合にも緊急で行われていた。共通したスケジュール表などを自宅や作業現場で手軽に確認できる仕組みが導入されていなかった当時の山口土木では、このようなやり取りだけにも多大な時間を費やしていたのだ。「現場の作業が終わってから移動して会社に戻ってこなければならないなど、非常に効率が悪かったですね」と松尾氏は振り返る。
このような中で、松尾氏はスマートデバイスとして各所で取り上げられていたiPhoneが仕事に使えるかどうかを検証し、実際の導入に踏み切った。「iPhoneとクラウドサービスのGoogleカレンダーなどを利用して、作業現場の担当決めを会社に戻ってこなくても行えるようにしたのです」(松尾氏)
この仕組みの効果は絶大だった。現場の割り振り作業における大幅な効率化が実現したのだ。「それまで非効率に費やしていた無駄な時間をなくし、新たに創出された時間をこれまで手が回らなかった現場に割り振れるようになったのです。その結果、売り上げが2年で倍にまで成長しました」(松尾氏)
ITリテラシーの差も乗り越える
ITの導入において、従業員間のITリテラシーの差も考慮すべき問題だ。誰もが同じようにITツールやサービスを使いこなせるわけではないからだ。例えば、約40名の従業員を擁する山口土木には、20代〜60代までの従業員が所属している。すべての従業員がスマートフォンを自在に扱えるわけではない。この点において、山口土木では柔軟な発想で対応した。
松尾氏は、「各現場で指示を出すポジション(キーマン)の従業員にスマートフォンを持たせるようにしました。そして、その他の従業員には各現場においてキーマン経由でスケジュールをやり取りできるようにしたのです」と説明する。これによって山口土木では、スマートフォン利用の教育などにかかる工数や手間を最小限に抑えつつ、最大限の効果を得ている。必ずしも全ての従業員に一律的にITを導入しなくても成果は出せるのだ。
専任のIT管理者が不在の中小企業では、ITの導入に際しては、さまざまな苦労がつきものだ。ITリテラシーの差もその一つであり、IT導入の障壁になりがちだ。しかし、画一的な導入ではなく、柔軟な発想のもと、適材適所の製品選択や利用環境の構築が行えれば、専任のIT担当者が不在の中小企業であっても大きな成果が得られることを、山口土木の松尾氏は証明している。松尾氏自身も、現場での作業から監督までを行いつつ、IT管理者を兼任しているのだ。
スマートフォンのほかにも、山口土木ではさまざまなITツールが業務の効率化のために採用されてきた。例えば、ワンボタンで360度の画像や映像を撮影できる全天球カメラがそうだ。「現場の状況を全天球カメラで撮影しておけば、再度、現場を訪れなくても全体像を確認できます。例えば、発注された作業箇所以外の部分で追加の作業を依頼された際にも、全天球カメラで撮影したデータがあれば、作業内容を把握できるのです。従来ならば、現場を再度訪問して確認する必要がありましたが、その分の作業時間をなくせます」(松尾氏)
アイデア一つで、効果的なIT活用が行える見本のような使い方と言えよう。
VR、MR、Office 365の3次元機能なども利用
山口土木では、3次元データ、CIM、ドローン、VRやMRといった最新のIT活用も進めている。これらは、3次元データを軸とした測量、設計、施工、維持管理までの効率化を目的としたi-Constructionのコンセプトと重なる取り組みだ。やはり、「作業をどれだけ効率化できるか」を重視して山口土木ではこれらの機器の実証や導入に力を注いでいる。
「VR、MRともに、対応製品のHTC VIVEやHoloLensが発売された際にいち早く機器を購入して、業務に利用できるかを試してきました。3次元データをもとに現場の環境をヘッドマウントディスプレイ上に再現できるため、現場に行かなくても事務所などで現場環境の確認を行える点が非常に有益です。VRは同じ仮想空間内に複数拠点のユーザーが同時にアクセスでき、音声のやり取りも行えるのでそのまま遠隔会議が実現します。会議や打ち合わせのための移動時間やコストも削減できるのです」(松尾氏)
山口土木は、作業現場での測量やデータ確認のために、堅牢性の高いラグドタブレットを導入したり、VRを稼働させるためのモバイルワークステーションを採用したりもしている。写真測量などで利用するドローンについては、持ち運びがしやすい折りたたみ式の製品が松尾氏のお気に入りだという。
山口土木では、施工計画書やプレゼンのためにOfficeも活用しているが、PowerPointやExcelなどで3次元データが利用できるようになったことで、さらに使い勝手が高まったと松尾氏は喜ぶ。実際、PowerPointやExcelに挿入した3次元データは、上下左右360度自由に動かせるほか、拡大や縮小に加えて、アニメーションの効果なども追加できる。
「従来までは3次元データのスクリーンショットを何枚も取得してPowerPointやExcelに貼り付けるような作業をしていましたが、現在は、3次元データをそのまま挿入できるので、非常に便利になりました。3次元データの活用領域も広がります」(松尾氏)
常に働き方改革
効率的な働き方について常に考えてきた山口土木は、現在、企業の経営課題になっている働き方改革を先駆けて実践してきた企業でもある。「i-Constructionや働き方改革というキーワードが作り出される前から、同様の考えのもとに土木現場でのIT活用の可能性を探ってきました。i-Constructionや働き方改革という潮流がきっかけではなく、当社では常に従業員が効率的に働ける環境作りを模索してきたのです。その結果として、現在のIT活用の姿に至っています」(松尾氏)
建設に関わる企業のIT化は、政府が旗振りをしているように、喫緊の課題となっている。しかし、専任のIT管理者の不在や、資金的な問題からIT化が進んでいない中小企業は少なくない。ただし、山口土木が実証しているように、スマートフォンとクラウドサービスの組み合わせでも、売り上げが倍になるような可能性が建設関連企業にはあると考えていいだろう。
そうだとするならば、IT化が遅れている企業に対しては、まずはスマートフォンやタブレット、モバイルPCとクラウドサービスなどの比較的手軽なITインフラの整備から始め、最終的に作業工程全体にわたる3次元データの活用に至るような提案が有効だ。
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